「閉ざされていた」日本の大学、海外に活路

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共同通信
クアラルンプールで行われた筑波大マレーシア校の入学式で紹介される教員=2024年9月(共同)

 筑波大が9月、マレーシア校を首都クアラルンプールに開設した。大学の本格的なアジア進出の先駆けで、他大でも拠点を設け研究や留学を通じた「知の交流」を促進しようとする動きが活発化している。少子化を見据え、存在感向上を目指すが、乗り越えなければならない課題は多い。日本の高等教育の国際化は本格的に進展していけるのか、実情と課題を取材した。(共同通信シンガポール支局・本間麻衣、ニューデリー支局・岩橋拓郎)

 ▽大学の「冒険」

 9月2日、クアラルンプール郊外の名門マラヤ大から間借りした校舎の開校式で、筑波大の永田恭介学長が「日本型、そして本学型の教育輸出であり、本学にとっての新たな冒険だ」と強調した。1期生となったマレーシア人7人、日本人6人の計13人の新入生は大勢の大人からの温かい拍手で迎えられ、背筋を伸ばした。日本人の新入生の一人は「初めての1人暮らし、初めての海外生活となる。4年間で得られるものを吸収していきたい」と抱負を語った。

 設置したのは新たな学部の「学際サイエンス・デザイン専門学群」。筑波大の強みとするデータサイエンスを軸に理系、文系の垣根を越える教育を提供する。海外で初めて日本の学部の学位を授与する大学として筑波大の教授や准教授ら14人が専任で教壇に立ち、情報工学や生命環境学、政治学などを教える。講義は日本語と英語で実施し、日本語は必修科目。学費は「欧米の大学と地元国立大の中間ぐらい」(大学関係者)に設定したという。

 「日本留学は金銭的に大変で機会が限られていた。マレーシアで日本の教育が受けられるようになる」。マレーシアから日本への留学経験者グループ、東方政策元留学生同窓会のイスラミ会長はこう語り、筑波大の進出を歓迎した。

 ▽元首相の要望

 日本や韓国の経済成長に学ぶルックイースト(東方)政策を推進したマハティール元首相の要望で約6年かけて実現した。自身も子どもを日本に留学させており、開校後はオリエンテーションに駆け付けて学生ら一人一人と握手を交わした。誘致関係者は日本の少子化を念頭に「大学も海外に活路を見いだす必要がある。先に一歩踏み出した大学が有利だ」と語る。

 前例がなく手探りで2カ国の規制をクリアしてきたが前途は多難だ。イスラム圏や東南アジアから学生を呼び込み、教育のハブを目指すマレーシアには既にイギリスやオーストラリア、中国などの海外10大学が進出し、競争は厳しい。筑波大の1期生は日本人とマレーシア人だけで、定員40人には満たなかった。文部科学省は大学の海外進出を支援するが、事例は極めて少ない。

 ▽円安が痛手

 先行したケースの一つが東海大だ。1992年にアメリカ・ハワイに短大の「ハワイ東海インターナショナルカレッジ」を開設した。日本人を中心に約120人が在籍し、8割以上がアメリカ内外の4年制大学に編入する。

 吉川直人学長は「日本の学生に進路の選択肢を増やし、アメリカの学生には日本の大学に編入してもらいたい。いわばゲートウェイ(通路)の役割を果たしたいと思っている」と話す。「日本もアメリカも中国も台湾も韓国も、同じ世代が同じ寮に住み、異文化コミュニケーションができる学生を育てたい」と狙いを説明した。

 一方で、新型コロナウイルス禍に続く円安やハワイの物価高は痛手だ。「経営を考えると、学生数が足りない。アジアのさまざまな国からもう少し学生を呼び込みたい」と展望を語った。

 ▽流れつくれず

 アジアでは存在感を高めようと他の大学も動く。名古屋大はシンガポールに起業教育プログラムのための拠点を2023年に設けたほか、京都大も現地のスタートアップとの協力を模索する。

 間もなく世界3位の経済大国に浮上するインドでは東京大や立命館大が首都ニューデリーに事務所を置き、日本に留学生を呼び込む。東大の場合、大学院を含むインド人留学生数は事務所を設置した2012年の計29人から2024年には計82人に増えた。だが全体の約1.6%に過ぎず、首位の中国の3396人に遠く及ばない。日本全体でもインド人留学生は伸び悩む。

 東大の林香里理事・副学長は「中国から10万人ほど留学しているが、インドでは流れをつくれていない。中国や韓国は歴史的な共通点や地理的な距離感があるが、インドが(日本の大学について)いつか分かってくれれば流れができるだろうという姿勢では難しい。てこ入れをしていこうと考えている。可能な限り戦略を練って動いていきたい」と話す。

 ただインド人学生が求める将来の就職やキャリアについては「大学だけでは解決できず、産官学が協力しなければならない」と指摘した。

 ▽大学も変わる必要

 林理事・副学長は「日本の教育はこれまで閉ざされていた。教育とはコミュニケーションであり、現地の言葉や文化を学び、学生と対話をしながら大学側も変わっていく姿勢が必要だ」と、双方向のやりとりが重要との考えを示した。

 海外にも開かれた大学となり、現地の学生たちに認知してもらうための地道な努力は続けられている。9月28、29日にニューデリーで開かれた日本のアニメを紹介するイベントの一環で、東大や筑波大、東京外国語大などが大学紹介のブースを出した。日本から教職員が出張し、大学のパンフレットを配布。来場者の質問にも答えていた。

 東大国際研究推進課のジェームス・フィーガンさんは「関心を持っている人は予想以上にいた。学士だけでなく、修士・博士に関する質問が多かった」と手応えを感じた様子だった。

筑波大マレーシア校に入学した新入生ら=2024年9月、クアラルンプール(共同)
インドのニューデリーで大学説明のブースを出した筑波大の(左から)畑和秀さん、五十嵐千恵子さん、森尾貴広教授=2024年9月28日(共同)
ブースで説明する東京大のジェームス・フィーガンさん(右)ら=2024年9月、インド・ニューデリー(共同)
ハワイ東海インターナショナルカレッジのキャンパス(同校提供・共同)
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