アートのパワー 第44回 「アイスコールド: ヒップホップ・ジュエリー展」 自然史博物館で2025年1月5日まで開催中(下)

T-Painの「ビッグ・アス・チェーン」。5.4キロ200カラットのダイヤモンドをちりばめている。

 

2021年、4年の改修工事を経て、アリソン&ロベルト・ミニョーネ宝石・鉱物ホール(ミニョーネ・ホール)が自然史博物館にオープンした。コロンバス通りの新しい入口から入ってすぐ右側にあり、98カ国から収集した5000点以上の標本が展示されている。新スペースで最も際立っているのが、5000kgもある世界最大級のアメジストジオードである。標本は、鉱物が形成される環境とプロセス等の進化の概念を含めて、鉱物学と地質学の分野の進歩に注意を払って並べられている。ジュエリーに使われる宝石の標本は印象的ではあるが、私には平凡に見えた。そのこともあって、今回のヒップホップ・ジュエリー展は、アクセサリー・デザイナーの一人として楽しみにしていた。  

2023年グラミー賞授賞式では、ヒップホップ誕生50周年が盛大に祝われた。サウス・ブロンクスのブロックパーティーから始まったヒップホップは、1980年代半ばにはベストセラー・ジャンルとなり、1999年には売上トップのジャンルにまで成長した。それ以前には、1960年代後半から1970年代にかけて、ダンサーが集まるディスコが人気を博した時期があった。しかし、スタジオ54のようなクラブは入場料を取るし、踊りたい人は入り口のバウンサー(用心棒)に通してもらうためにドレスアップしなければならなかった。1977年の映画『サタデー・ナイト・フィーバー』がすぐに思い浮かぶ。ディスコが短命に終わったのは、音楽がさまざまなジャンルから派生し、ダンス・パーティ・シーンに合わせてスタジオが作ったものであったからだ。黒人やゲイのパフォーマーたちが継続させていたが、AIDsの流行とそれに伴う乱交によって、マイナーのまま廃れていった。ブロンクスでは、ブロック・パーティーでDJが音楽をかけ、みんなで踊っていた。ヒップホップがラジオやテレビで流されるようになったのは1979年のことである。このジャンルは貧困層のゲットーのもので、一般的には受け入れられないとみなされていた。  

ヒップホップは、ブルースやジャズのようにアフリカ系アメリカ人の生活・経験に根ざしている。パーカッション・ドラムを使用することで、独特のビートを作る。ラップには、ラップ、2台のターンテーブルを使ったスクラッチ、ブレイクダンス、グラフィティアートの4つの要素がある。ラップとは、口承伝統に遡る口語詩であり、朗読であり、言葉遊びである歌詞を指す。同じ2枚のレコードを交互にスクラッチすることで、曲のスタンザ(詩の節)とスタンザの間のブレイクが延長され、期待感を生み出す。1970年代から1990年代にかけては、ブレイクダンスが路上や地下鉄で見られるようになり、グラフィティアート(破壊行為の一種)が近所の壁や地下鉄の車内外を覆った。  

「アイスコールド :ヒップホップ・ジュエリーの展覧会」はヒップホップ文化の成功を祝うものである。66点の 「文化的に貴重な家宝 」が展示されている。「自分のアイデンティティを表現する権利が常に問われ、挑戦され、衰退していった歴史を持つ人々にとって、自己理解に深く結びついた特別な方法で自分を表現することは特別な意味を持ちます 」と、2022年博物館館長に就任したショーン・M・ディケーター氏は、黒人とラテン系のディアスポラ(ある民族集団が故郷を離れ、「あちこちに(dia-)散らばっている(-spora)」ことを意味する)の経験を反映した作品について語った (ワシントン・ポスト2024年5月9日)。ディケーター氏はアフリカ系アメリカ人の生物化学者で、以前はオハイオ州ケニオン大学の学長を務めていた。  

展示には、伝説的なヒップホップジュエリーが含まれている: スリック・リックの王冠、眼帯、ネックレス、ノトーリアスB.I.G.の金の 「ジーザス・ピース」、ジェイZが共同設立したレコード・レーベルのためのダイヤモンドをちりばめたロック・ア・フェラのメダル、T-ペインのビッグ・アス・チェーン・ネックレス。  

1988年、ヒップホップの顧客からエイサップ・エヴァA$AP Evaとして知られるChiok Va 「Eva」 Samは、キャナル・ストリートで店を開き、現在も経営している。1990年代には、ダイヤモンド・ディストリクトにあるジェイコブ&カンパニーのジェイコブ・アラボが、ヒップホップ界で有名な宝石商のひとりとなった。2018年、ティファニーはヒップホップの人気に応え、エイサップ・ファーグA$AP FERGを初のヒップホップ・ブランドアンバサダーに起用した。  

ヒップホップは社会的な問題に立ち向かうと同時に、エンパワーメントと自己表現の形を提供し、世界中で重要な文化形態となっている。2015年にブロードウェイでオープンした「ハミルトン」はこの大成功例の一つである。私は、BガールのAmi(湯浅亜美)が夏季オリンピックの女子ブレイクダンスで金メダルを獲得したことを嬉しく思っている。  この記事を書いている間に、音楽界の大物ショーン・「ディディ」・コムズが、州をまたいだ恐喝と性行為目的の人身売買の容疑で大陪審に起訴された。この事件を聞いて、ハーヴェイ・ワインスタイン(ミラマックス映画制作会社の設立者)とジャニーズ事務所の創業者ジャニー喜多川がすぐに頭に浮かんでしまった。

ジャスト・ブレイズ所有ソニー・プレイステーションのコントローラーのペンダントは、彼のテクノロジーへの愛と、子供向けに限らず大人が楽しめるのビデオゲームへのオマージュである。

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文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。