慶應NY学院トライカルチャー・ヴォイス #3
Tricultural Voices from Keio Academy of New York #3
芸術の秋、ミュージカルの秋
慶應 NY学院学院長
巽 孝之(Dr. TATSUMI Takayuki)
慶應義塾ニューヨーク学院(高等部)では、一昨年 2022年より、現在の学院の理念 “Triculture”(日米慶應)を促進すべく、内外の大学教授や作家、評論家、芸術家をお迎えして、オムニバス形式の連続講演シリーズを行なっている。去る 9月 21日(土)には新年度からの 第三期第一弾として、慶應義塾大学を卒業され、現在、専修大学文学部教授にして演劇評論家として活躍されている小山内伸氏をお迎えして、ご専門のブロードウェイ・ミュージカルについてご講演していただいた。小山内教授は本務校から一年間の在外研究(サバティカル)の資格を得て、ニューヨーク市立大学に所属しておられるからである。本学院では、ちょうど毎年10月 2日(水)の「シアターデイ」では、全校を挙げてブロードウェイ・ミュージカルを観劇するので、名作『ジーザス・クライスト・スーパースター』のストーリーと音楽的演出に焦点を絞った講演は、生徒たちにとっても絶好のミュージカル入門となった。
本学院は 4学年制なので、今回鑑賞したのは、 9年生が “MJ: the Musical,”10年生が “Back to the Future,” 11年生が “Hamilton,” 12年生が “Hadestown”という内訳で、合計4本。当日の鑑賞報告に加えて、もともとミュージカル好きの生徒からも、“The Sound of Music”や“Cats,”それに最近の作品 “SIX”をめぐる所感が届く。全 11本、ミュージカルの魅力の再発見につながれば幸いである。
55年前からの歌
11年 糸川里櫻(ITOKAWA Rio)
ドはドーナツのド、レはレモンのレ。歌詞をリズム無しで読むことが難しいこの「ドレミの歌」だが、出典を知っている人は、意外と少ない。1959年に公開され、大ヒットしたミュージカル映画 “The Sound of Music”の劇中歌である。
主人公のマリアは歌が好きな修道女。トラップ大佐はオーストリアの海軍少佐であり、5年前に妻を亡くしていた。シングルファザーのトラップ大佐は子供達を軍隊のように教育していた。そんなトラップ家にマリアは歌声で愛と幸せをもたらした。この作品は数多くの人々に家族愛や音楽で感動を与え続けた。私もそのうちの一人だ。
小学校一年生の頃、住んでいたマンションのハロウィン・イベントで真夜中の玄関外の廊下にゾンビに化けた職員がのそのそと歩いていた。今考えればお家に入ってくることは絶対ないから怖がることはないのだが、幼かった私はひどく怯えた。恐怖で中々寝られなかった私に、音痴なお母さんが歌を聞かせてくれた。 “The Sound of Music”の「私のお気に入り」という名曲だ。「まつげにほら 積もる雪 春が来たなら溶ける冬 みんな大好き my favorite things 驚いて悲しくて泣きたいなら 思い出しましょ my favorite things」。お母さんの音痴っぷりが面白かったからなのか、自分のお気に入りを思い出して幸せだったからなのか、具体的なことは覚えてないけれども、その歌声に私は笑い、恐怖を忘れてそのままぐっすり眠ることができた。私は2014年のハロウィンに、母の声という蓄音機を通して、55年前から流れてきた歌に救われた。
その日以来母の歌声を聞くことはなかった。母は歌わなくなったが、私は歌うのが大好きだ。いつかマリアや母がしていたように、私の歌声で誰かが救われて幸せになれるよう願っている。
もし今日がNY最後の日なら
11年 大塚拓真(Takuma Otsuka)
両親が帰国することになったので、思い出に残ることをしたいと思った。ニューヨークにあって日本にないものといえば、ブロードウェイのミュージカル。そこで”MJ : the Musical”に行くことにした。最初は”MJ”に興味のなかった私だが、結果的に大きな衝撃を受け感動した。”MJ”には彼の魅力を引き出す様々な工夫が凝らされており、私もいつの間にかマイケル・ジャクソンの虜になっていたのだ。
そして、さらに驚いたことがある。私のような彼をリアルタイムでは知らない世代から彼を昔からよく知っているであろう年配の世代の方々までが、一体となって MJに魅了されたことだ。名曲”Black Or White”が披露された時、会場全体が大きな歓声で埋め尽くされた。ミュージカルの素晴らしさとはそこにあると思う。映画と違い、来場者の気持ちが演者に伝わる。世代、そして立場を超えてみんなが盛り上がることのできる素晴らしいコンテンツだということだ。
ミュージカルにも若者離れが起きており、対策としてブロードウェイではMJなどの人気コンテンツをミュージカルにして若者を呼び込んでいる。また旧来の形も維持することにより昔の世代からの支持も得られる作品を作っている。しかし2つの需要をうまく取り入れるのは難しい。だが“MJ”はそれを成し遂げ全世代から愛される作品になった。時代の変化だと諦めるのではなく将来へ残すための工夫を凝らしているブロードウェイの考え方には、我々日本人も見習うべきものがあるのではないだろうか。
言語を超えて
12年 井上 心(INOUE Kokoro)
「ミュージカルとは何か」と聞かれても、まだ高校生の私たちはミュージカルを沢山観てきた訳ではないし、詳しい知識がある訳でもないため、上手く説明することはできないだろう。しかし、私は学院主催のシアターデイで”Hadestown”を鑑賞し、ミュージカルが持つ人々の心を動かす力を目の当たりにした。
私は学院に入学するまで、英語圏に住んだことや現地校に通ったことがないため、流暢な英語や難しい単語を理解するのが少し苦手だ。そのため、今回のミュージカルを鑑賞するにあたっても、自分がショーの内容を理解して楽しめるか不安だった。ところが、ミュージカルが始まった途端、不安な気持ちを忘れてしまうくらいパフォーマーの勢いのあるダンスと笑顔に釘付けになった。圧巻されるような歌声と工夫された演出で「物語を理解できるか」など一度も考えることなくショーに引き込まれていった。
“Hadestown”はギリシャ神話と現代を融合させて作られたショーなので、親しみやすい男女のすれ違いや儚い恋愛の物語が展開され、そこにコミカルなセリフや感情の籠った歌が入るため、難しい英語やギリシャ神話をあまり知らない私も時間を忘れてしまうくらい楽しく、クライマックスには思わず涙が出てしまいそうになるくらい感動した。ミュージカルは言語や知識などの壁を超えて劇場内の全員が一つになって感動し、笑顔になって元気をもらえる最高のエンターテイメントではないだろうか。
プロフェッショナルに魅せられて
12年 飯田カンナ(IIDA Kanna)
小さなトロンボーンに続き、圧巻的な迫力のある歌声が観客を一気に惹きつけた。私がブロードウェイを観るのはこれで4回目になるが、毎回役者さんの声量には圧倒される。私が今回見たショーは “Hadestown”だ。アナイス・ミッチェルさんが作詞・作曲・脚本を手掛けたミュージカルであり、ギリシア神話のオルペウスとエウリュディケーを基にしている。
最初、ギリシャ神話と聞いて内容が難しそうだと思ったが、実際に見た印象はまったく違った。わずか2時間25分という限られた時間の中、難しい内容を分かりやすく表現できる役者に心を奪われた。今回はとても近い席から観ることができて臨場感を肌で感じた。特に、役者が踊っているシーンでは、本当に楽しそうで、演技だとは思えないほどだったのをよく覚えている。すごく楽しそうにしていたのに、シーンが変わるとスッと冷静になり、空気が変わる様が私たちを惹きつけた。私は中学でシアターのクラスをとっており、素人ながら演技の難しさに気づいた。だからこそ、舞台での役者の立ち回りに無駄がないのが良くわかった。例えば、主人公のみにスポットライトが当たっている場面でも、周りの役者も気を抜いたりせず、ずっと自分の役に入りこんでいた。さらに、ショーが終わり、帰りのバスを待っていると、舞台が終わったばかりのティモシー・リーさんに会うことができた。住む世界が違うとばかり思っていたティモシーさんも普通の人間だということに気づかされた。私たち若者はまだ何者でもないからこそ、将来の可能性は無限大なのだと感じた一日だった。
(編集担当:12年 宮崎 仁美)