第14回 教えて、榊原先生!
日米生活で気になる経済を専門家に質問
「確トラ/またトラ」が
日本人にもたらす影響は?
Q. 「確トラ/またトラ」が正夢となるこれから、具体的に日本へはどう影響する?アメリカで生活する人にとっては「物価」、そして日本からアメリカへ行く人にとっては 「為替レート」が気になるところです。
減税、関税、移民送還・・・2025年の米国経済政策はこれらの方針を推し進める動きとなるイメージでしょうか。米国民が「確トラ/またトラ」という投票行動を取った背景にはもちろん様々な要因がありそうですが、経済面で言えば、バイデン政権が高インフレによる生活苦を改善できなかったことが不支持の重要なポイントになったとの指摘を多く見ました。ここには今後の米国経済見通しにおける皮肉があるかもしれません。
仮に現時点でトランプ次期大統領が実施の意向を示している政策が実際に導入されるとすれば、その生活改善の実現という結果を得られるか疑わしい面があるのではないかということです。減税、追加関税、移民送還を実施するなら、トイレットペーパーやスタバのコーヒーはじめ、米国内に在住の方々が普段の生活で購入するものの値段が下がることは期待しにくく、さらに上がる展開もありそうに思われます。
そんな見通しになる理由を考えてみましょう。確かに、インフレ圧力の抑制に繋がりそうなことも聞かれます。再エネ推進を弱める一方で原油の生産を後押しし、エネルギー価格の低下を促すだろうとの見込みです。あるいは、指導力を発揮してウクライナや中東での戦争を終結させることが出来れば、穀物や資源の価格緊張が緩む可能性もあるでしょう。これらが早期に進めば、最初のうちは物価が落ち着くことも十分考えられます。
しかし、ここしばらく米国のインフレ率がFRBの目標である2%程度まで下がり切らずに高止まりしているのは、そうした外的要因だけでなく、米国経済自体が好調さを維持しているからだと思われます。皮肉なのは、この好調さが背景にある物価高に苦痛を感じ、経済をもっと好調にしようと言って、結局は、逆に物価高を後押しする可能性のある公約を掲げたトランプ候補を次期大統領に選出したわけです。
日本で経済論好きな人々に最近注目されている「資本主義が人類最高の発明である」という本(原題「The Capitalist Manifesto」、Johan Norberg著)があります。タイトル通り、自由な資本主義経済の活動こそが社会に広く(つまり一部でなく)豊かさをもたらした事実を確認する内容です。筆者個人としても重要なことが書いてある非常に良書だと感じましたが、ここで触れている皮肉がまさにこの本に示されていて興味深く感じました。
1つは、帯に「イーロン・マスク推薦」とある点。この本の主旨はトランプ氏の掲げる公約に明らかに反対するであろう内容なのに、トランプ次期大統領を積極的に支持し、政策運営に関わるとも云われているマスク氏がそれを推薦するのは面白いですね。
2つめは、本の中で米国の賃金水準や労働時間、そして仕事の満足度などが過去最高水準圏にあることを示すデータやアンケート調査が示されている点。それは自由な資本主義経済の活動の結果であると著者が主張します。でも、米国民は良い結果になっている経済を「再びグレイトにする」?ために、敢えてこの繁栄をもたらした方針を否定するような政策の実施を謳う候補者を支持しました。
そうした米国民の選択が自分たちの社会生活の経済面において吉と出るか否か。そして、さらに日本の人々へはどんな影響が見込まれるでしょうか。
FRBが9月、11月と2回連続で利下げをしたことからも、米国経済は絶好調という状態でないのは明らかです。しかし、失速して景気後退へ向かうのが間違いないというほど不調な様子はありません。失業率も、2023年の最低値よりは高いですが、現状の4.2%は2005-07年頃の好景気時に付けた最低値より低い水準にとどまっています。
第12回(8月30日)のコラムで金融政策のかじ取りが難しい局面になっている点に触れました。その時の想定に比べて景気はよりしっかりしている印象です。つまり、景気鈍化によってインフレ率は目標水準へ低下していくとの前提が少し揺らいでいるかもしれません。
そして、さらに、こうした環境で ①減税を実施して景気を押し上げ ②輸入品に関税を実施し ③移民を強制送還してすでに完全雇用状態に近い労働需給のひっ迫度合いを高めれば、これらが合わさって程なく物価上昇圧力を強める方向に働くでしょう。また、当初のエネルギー価格の低下もやがて消費を支えることになり、結局は、その他全般の物価を上げることに寄与しそうです。
米国政府はトリプルレッドになったことに加え、トランプ次期大統領は大統領令を行使する意向も示しており、彼自身がやりたい政策を実施することへの障害は恐らく大きくありません。ですから、どの政策をどれくらい早く実施していくのかによって経済情勢が大きく左右され、インフレ率がFRBの目標に向かって収束していくか予断を許さず、金融政策も先行きの見通しが立てにくくなると思われます。
翻って、トランプ次期政権の日本への影響はどのようなことが考えられるでしょう。同盟国に追加的な軍事負担を求める姿勢のため、日本は日米安保条約の下での安全保障の枠組み修正や軍事予算の増額が検討される展開が考えられます。また、中国と対峙する状況からは、トランプ第一次政権の時にもあったように、中国企業との取引見直しや中国資本が入っている関連会社に対する監視強化などが同盟国に要請されるかもしれず、日本企業の行動に影響を及ぼすことにもなりかねません。 こうした外交的な面からの経済への影響に加え、やはり生活に結び付く最大の関心事は為替レートの動きでしょう。トランプ次期大統領の意向からすれば、過ぎたドル高は望ましくないと考える可能性があり、是正への口先介入もあり得そうです。
ただ、先に見てきたように、当面のエネルギー価格が下がる期待は別として、全般的にインフレ圧力を強める方向になりそうなため、これまで想定されていたほど大幅な利下げは実施されない公算が出てきています。FRBが目標値を上回っているインフレ率の再上昇を許すような姿勢を見せることがなければ、持続的なドル安方向への進行は生じにくいのではないでしょうか。
前回(10月25日)のコラムで、「少し円高水準に」なって、来年は「今年よりは日本からの海外旅行が多少はしやすくなる」かもしれないと書きました。しかし、トランプ次期大統領がドル安を志向する発言をして短期的に変動性を高めることがあるとしても、円安はそれほど大きく修正されないかもしれません。日米の材料が共に大幅な円高ドル安を引き出す政策にはなりにくくなっているからです。
石破政権も今のところ首相が過去に持論として主張してきた政策を推進していきそうというより、減税を推す国民民主党の意向を取り入れたり、岸田政権からの政策を継続したりという方向性を示しています。それも円高要因が出てきにくい動きです。日銀が少し利上げに前のめりな様子であるものの、引き締め方向を継続するようなことにはならないでしょう。
このように、「確トラ/またトラ」がもたらすのはインフレ圧力が残りそうな米国経済の見通しであり、民主党政権を終わらせて米国民が期待する経済社会の実現を楽観はできないと思います。それでも、示されている方針に基づいて見通しを立てることが出来るとはいえ、不確実性が高いとも言わざるを得ません。日本への影響も含め、トランプ次期大統領の不規則発言や「ディール」重視の政策推進に翻弄される4年を覚悟する必要がありそうです。
先生/榊原可人(さかきばら・よしと)
SInvestment Excellence Japan LLC のマネージング・パートナー。主にファンド商品の投資仲介業務に従事。近畿大学非常勤講師(「国際経済」と「ビジネスモデル」を講義)。以前は、米系大手投資銀行でエコノミストを務めた後、JPモルガン・アセット・マネジメントで日本株やマルチアセット運用業務などに携わる。