(この記事の初出は2024年12月3日)
11月29日、英国の下院で「安楽死」を認める法案が可決された。世界の多くの国では、終末期患者は苦痛から逃れて、尊厳を保ったまま最期を迎える権利があるとしているが、英国もついにそうした国々の仲間入りをすることになる。
しかし、この日本では、「安楽死」は論外で、「尊厳死」ですら法制化されていない。そのため、終末期の「寝たきり老人」は増え続け、本人も家族も望まない濃厚な「延命治療」が延々と行われている。メディアも政治も、エセヒューマニズムに染まり、議論しようとさえしない。こんな異常な状況をいつまで続けるのだろうか?
世論は7割が賛成、議会では自由投票で採決
11月29日、英国の下院で可決された「安楽死」を認める法案は、賛成が330、反対が275だった。法案可決前に行われた世論調査では、賛成が7割に達していた。
今後、法案成立のためには、もう1回の下院採決を経て、上院でも可決される必要がある。しかし、世論の状況から見て、法案成立はほぼ間違いない。
今回の英国の安楽死法案は、イングランドとウェールズに適用され、その対象者は余命6カ月未満の終末期患者。あくまで本人の意思が条件で、医師2人と裁判官の承諾が必要とされ、薬物の投与などによって死を選ぶ権利が与えられる。
英国では2015年に同様な法案が提出されたが、否決。今回は、世論の動きを見て、労働党のキム・レッドビーター下院議員が議員立法で提出。キア・スターマー首相も支持を表明し、労働党は自由投票を選択し、可決された。
「多くの人が苦痛のなかで死を迎えている。患者はよりよい死を選ぶ権利を持つべきだ」
というレッドビーター下院議員の主張が通ったと言える。
賛成派、反対派、それぞれの主張とは?
下院での採決を目にして、議会前では、賛成派と反対派の集会が開かれ、それぞれ、プラカードを掲げて、議員とメディアに呼びかけた。
賛成派のプラカードには「私たちに選択を」「幸福な人生には幸福な死を」などというフレーズが、反対派のプラカードには「死ぬためではなく生きるための支援を」「医者を犯罪者にするな」などというフレーズが書かれていた。
反対派の総本山は、カトリック教会である。カトリックは自殺を認めておらず、安楽死を自殺と同様なものとして猛反対してきた。ローマ教皇庁は、安楽死を「人間の生命に対する犯罪だ」と公式声明で発表している。
しかし、すでにスペインでは、2021年に合法化されている。
終末期患者の延命は人間に対する冒涜
ただし、反対派の懸念も、もっともなところはある。この法案により、高齢者や障害者が「死を選ぶよう圧力を感じてしまうだろう」と、自由民主党のエドワード・デイヴィー党首は反対した。また、介護する家族に負担をかけたくないと、「早めに死のうとする患者が多くなる」との意見もあった。
しかし、もう助からない終末期患者を医療の力で延命させるのは、人間の尊厳に対する冒涜だという声のほうが強かった。
安楽死実現のキャンペーン組織「Dignity in Dying」(ディグニティー・イン・ダイイング)では、英国人の84%が終末期患者による安楽死の選択を支持しているとし、議会前に多数の支持者が集まった。
安楽死とは医師介助による「自発的な死」
ここで、安楽死について整理しておくと、英国では安楽死を一般的に「assisted dying」(介助して死なせるという意味)と呼んでいる。メディアもこの言葉を使っている。
もっと踏み込んだ「mercy killing」(慈悲殺)、「assisted suicide」(自殺幇助)、医学用語としての「euthanasia」(安楽死)もあって、その線引きは難しいが、いずれも、治癒の見込みがない重篤患者の希望により、医師がクスリなどを用いて死へ至らしめる行為を指す。
共通しているのは、患者が望むこと。つまり、「自発的」(voluntary)であることで、「自発的な死」と言える。
となると、反対に「非自発的」(involuntary)な死もあるわけで、こちらは「非自発的安楽死」となり、これはある意味で殺人である。
また、患者の意思に反して治療を中止したり、差し替えたりするのも、これに含まれる。(つづく)
この続きは1月8日(木)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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