『日本がアルゼンチンタンゴを踊る日』
2001年〜2002年のアルゼンチンの危機を見て、当時、光文社で編集長をしていた私は、気鋭のカナダ人ジャーナリスト、ベンジャミン・フルフォードに、「アルゼンチンの財政危機を日本の財政危機になぞらえて、これまでの日本で書いた記事をまとめてみてはどうか」と持ちかけた。
そうして、2002年12月に刊行したのが『日本がアルゼンチンタンゴを踊る日』である。
この本の宣伝コピー文(以下)は、いまも有効であると思っている。なぜなら、日本は今日まで、一向に改革されず、歴代政権は社会主義国家かと思うほどのバラマキ政策を続けているからだ。
《アルゼンチン経済の大崩壊crashing downは、日本の明日の姿だ。欧米のエコノミストも、日本の金融関係者たちも、みなそう思っている。残念ながら、この私もそのひとりだ。というのも、私は、次々と内外の関係者を取材し、その誰もが日本経済の未来について有効な処方箋を持っていないことを知ったからだ。
とくに、前FRB議長ポール・ボルカー氏Paul Volckerの次のような見方には衝撃を覚えた。
「日本が現在置かれている状況は、これまでの経済学economicsの教科書にはないものです。先進国といわれる国でこのような状態に陥った国は、歴史上例がありません。とはいえ、日本が抱えている問題は経済問題ではなく、政治問題なのです」
つまり、日本はいま全知全能を傾けて、独力でこの危機を脱出するしかない。 不良債権はなぜ処理できないのか? 改革はなぜ進まないのか? 日本の未来がアルゼンチンのような状態になるのが確実となってしまったいま、この疑問に真剣に応えた一冊。》
1人あたりのGDPは西欧諸国を上回る
現在の日本は、「失われた30年」を続け、先進国から転落中だ。いったん先進国になり、世界のなかで確固たるプレゼンスを築いた国が、見る影もなく落ちぶれていく。そんなことがはたして起こるのだろうか?と、納得できない人は多いと思う。
しかし、それは日常茶飯事。「盛者必衰」は、世の習いである。
アルゼンチンは20世紀初めまで、世界でも有数の先進国(ただし農業・畜産業国)だった。第1次世界大戦ごろまでは、当時の世界覇権国の英国との良好な関係を支えに、大幅な貿易黒字を得る経済大国だった。
アルゼンチンにはパンパと呼ばれる肥沃な大平原があり、そこで行われる農業・畜産業は、高い生産性を誇っていた。パンパで生産された小麦、トウモロコシなどを欧州各国に大量に輸出し、その代金を得て国民は圧倒的に豊かだった。当時の1人あたりの実質GDPは、西欧諸国の平均を大きく上回っていた。
しかし、いまはIMFが分類する「新興・途上国」である。したがって、日本がそうならないという理由はどこにもない。
なぜ先進国から転落したのか?
アルゼンチンの先進国転落という特異な歴史は「アルゼンチンのパラドックス」と言われ、これまで多くのエコノミストの研究対象になってきた。
転落理由の一つは、農業・畜産業に代わる高い輸出競争力を持つ産業の育成がうまくいかず、いつまでも農業・畜産業に頼りすぎたとされる。ただし、食糧生産国だけに、どんなに経済が低迷しても、国民が食べ物に困ることはほとんどなかった。
もう一つは、やはり、ペロンによる左翼ポピュリズム、バラマキである。第2次大戦後、政権を握ったペロンは、もともとナチスドイツの思想に共鳴していたため、ナショナリズムを前面に押し出した政治を押し進めた。
独裁制を敷き、産業を国有化し、労働組合を取り込んだ。そして、国家主導による賃上げを実現し、広範囲なバラマキを行った。そのため、国民の圧倒的な支持を得たが、アメリカやカナダなどに農業・畜産業の生産が遅れを取るようになると、貿易終始が赤字に転落、財政が悪化して、インフレに苦しむようになった。
アルゼンチン転落の原因を単純化はできないが、日本が教訓とすべきは、いつまでも「ものづくり国家」にこだわったために、IT化の波に乗り遅れ、次の産業が育たなかったこと。そして、国民が現状維持を望んだため、国が補助金などによるバラマキを行い過ぎたことだろう。
この続きは1月23日(木)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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