2025.01.23 COLUMN DAILY CONTENTS 山田順の「週刊 未来地図」

緊縮で奇跡の復活を遂げつつあるアルゼンチン バラマキで衰退を続ける日本(完)

イタリア系家庭出身の「変人」経済学者

 ハビエル・ミレイという大統領は、じつに不思議な人物である。ブエノスアイレスでカトリックのイタリア移民の家庭に生まれ育ったが、母方の祖父はラビというのでユダヤ系の側面を持っている。そのため、本人はユダヤ教徒とも自称している。
 父親はバスの運転手で、小さい頃から虐待を受けていたので長い間口を聞かなかったという。
 小中高と「変人」とあだ名がつき、高校ではサッカーをやっていたが、経済学に興味を持ち、ベルグラノ大学で経済学の学位を取り、その後、約20年間、経済学を教える教授、経済学者として過ごした。この経済学者生活で培ったのが、リバタリアニズムである。
 2010年以降は、テレビのコメンテーターとして知名度を上げ、2021年に下院議員に立候補して当選した。そして、議員生活たった2年で、大統領になったのである。
 学生時代「変人」と言われただけに、ミレイの政治スタイルは風変わりだ。なんと、トランプに共鳴し、アルゼンチンでも成立した中絶容認法を止めると訴えた。そうして、「この国は特権を持った政治家のカーストが庶民の富を盗んでいる」と主張し、「私たちが先進国であった1900年初頭に戻るために必要な経済、政治、社会の活性化に貢献したい」と述べて、共感を呼んだのである。
 ミレイは大統領になった就任式で、こう言った。
「ショック以外に選択肢はない」

トランプ信奉は「難点」か「利点」か?

 前記したように、ミレイはトランプの親派、信奉者である。米大統領選挙の序盤戦から、熱烈な支持を表明し、2月に渡米して初めてトランプと面会して、改めて支持を表明した。
 カマラ・ハリスが優勢と伝えられても、トランプ再選に賭けて、支持を繰り返した。
 そのため、トランプは再選を決めると、ミレイの面会に真っ先に応じた。ミレイは、当選後のトランプと最初にフロリダで会談した外国首脳となった。
 さらに、ミレイは、先日のG20サミットでは、トランプの主張とそっくりの主張をしたので、各国の首脳はみな驚いた。
 トランプは、自分の信奉者が大好きである。とくにミレイはお気に入りで、なんと来年の自身の大統領就任式に招待した。ミレイは間違いなく参列するだろう。
 このようなトランプ信奉が、今後のアルゼンチンにとって「難点」になるのか、「利点」になるのかは、いまのところ、なんとも言えない。

我慢は続く「痛みなくして得るものなし」

 さて、奇跡の回復といっても、数字的には一定の成果は得られたがあったが、アルゼンチンの一般国民の実際の暮らしはまだ改善されてはいない。国家財政は黒字化し、インフレは抑制されたが、経済はまだプラス成長に至っていない。
 公共サービスを削減、電気、ガス、水道、公共交通などへの補助金を減らしたことで、生活が返って苦しくなった国民もいる。アルゼンチンの貧困率は一時は60%を超えていたが、まだ53%もある。景気そのものも、けっしてよくなったわけでもない。
 つまり、国民は改革を信じて我慢している状況が続いている。ただ、ミレイ大統領の支持率はずっと60%を超えており、落ちていない。
 かつて改革を叫んだ小泉純一郎首相は、「痛みなくして改革なし」と言った。しかし、本当の痛みがあるような改革など行われなかった。記憶に残るのは「郵政民営化」だけである。
 それに比べれば、ミレイの改革は激痛を伴っている。「痛みなくして得るものなし」(No pain, no gain)という慣用句があるが、これが真実であるだけに、日本では改革は行われない。日本では、緊縮は徹底的に嫌われる。「ザイム真理教」などという馬鹿げた言論が蔓延し、現代のブードゥー教とも言える「MMT」理論により、国債発行に夜財政赤字は気にしなくていいことになっている。
 そのせいか、先日成立した補正予算にしてもバラマキのオンパレードである。
 はたしてアルゼンチン国民は、激痛にどこまで耐えられるだろうか。耐えれば、その先に、改革の果実が待っている。

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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

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