2025.02.07 COLUMN 山田順の「週刊 未来地図」

山田順の「週刊 未来地図」シンギュラリティまで20年 楽観か悲観か?AIが人間を超える日が迫る(下)

BMIの最初のインプラント臨床試験は成功

 2024年3月20日、臨床試験開始から1カ月後、ニューラリンクは最初の治験者のインタビューを公開した。彼はノーラン・アーボーと言って、29歳の四肢麻痺患者。約8年前にダイビング中に事故で背骨を損傷し、肩から下が麻痺して動けない。チェスが好きで、事故後はiPadとマウススティックでプレイしたりしていたが、長時間はできなかった。
 それが、インプラントされたチップにより、「脳からの直接操作で、より楽にプレイできるようになったというのだ。
「このデバイスは私の人生を変えてくれた」「手術は簡単で、翌日には退院できた。認知機能に悪影響もない」と、彼は語った。
 その後、ニューラリンクは2人目の臨床試験を行い、マスクは「極めてうまくいった」と、Xに投稿した。そうして、11月25日、1人目の治験者のアーボーが、頭で考えるだけでゲームをプレイする様子がXでライブ配信された。ニューラリンクが開発したこのBMIチップは「テレパシー」(Telepathy)と名づけられた。
 その後、ニューラリンクからの新しいニュースはないが、最初のBMIは成功したと見なされ、マスクは、英国とカナダで次の臨床試験を行うことを発表した。

「タイプI」から「タイプII」の文明を目指す

 イーロン・マスクが行なっていることに対して、批判的な見方をする人間がけっこういる。とくに、トランプのサポーターとなり多大な資金を提供したことで、現代の「政商」ではないかと揶揄されている。
 しかし、「スペースX」によって、将来の火星移住を目指していること、そしてBMIによって「ポストヒューマン」をつくり出そうとしていることを考えると、その程度の批判はまったくの的外れだと、私は思う。
 彼は、本気で、人類文明の未来を切り開こうとしていると思えるからだ。
 マスクは、宇宙文明の発展度合いを示す「カルダシェフ・スケール」(The Kardashev scale)を踏まえて、「タイプI」から「タイプII」を目指している。そう、私には思える。
 カルダシェフ・スケールというのは、1964年にソ連(当時)の天文学者ニコライ・カルダシェフが提唱した、宇宙にある文明の発展度を3段階で示すスケールだ。SF少年なら、必ず知っていることである。
 おそらく、イーロン・マスクは少年のころ、これを知ってワクワク、ドキドキして空を見上げていたのではないか。その思いを、いま、実現させようとしているのだ。

イーロン・マスクはただの成功起業家ではない

 カルダシェフ・スケールは、文明が利用できるエネルギーの総量に基づいて分類され、次のように規定されている。
(1)タイプI文明は、惑星文明とも呼ばれ、その惑星で利用可能なすべてのエネルギーを使用および制御できる。現在の地球人類の文明レベルは「0.73」とされている。
(2)タイプII文明は、恒星文明とも呼ばれ、恒星系の規模でエネルギーを使用および制御できる。
(3)タイプIII文明は、銀河文明とも呼ばれ、銀河全体の規模でエネルギーを制御できる。
 イーロン・マスクを、単なる成功した起業家と思うと、見誤る。彼は、タイプIを達成するためには、ビジネスと研究開発だけでは無理。政治力が必要だと考え、トランプに接近したのではないだろうか。
 なぜなら、イーロン・マスクの“暴走”を止めようとする動きが、ここ2、3年で活発化してきたからだ。

AIを推進すれば、貧困、戦争などが解決する

 ここ2、3年、欧米ではAIをこれ以上発展させていいのか、いや規制すべきではないかという議論が盛んになっている。EUは、すでに「AI規制法」を制定し、2026年から全面適用するとしている。そのため、世界各国で、政治による規制が検討されるようになった。
 アメリカでのこの議論は、テクノロジーの発展(主にAIの進化)に対して、促進派と反対派に別れて激しさを増している。
 促進派は「効果的加速主義」(Effective Accelerationism /eacc)と呼ばれるイデオロギーに基づいて、無制限のイノベーションが、貧困、戦争、気候変動といった人類普遍の問題の解決策になるという。
 一方、反対派は、「doomers」(運命論者)や「decels」(減速主義者)と呼ばれ、AIは人々から仕事を奪い、社会に壊滅的なダメージを与えるという。さらに、シンギュラリティ以後、人類はAIによって一掃されるかもしれないという。

ノーベル賞受賞者ジェフリー・ヒントンの警告

 AI進化の礎としての人工ニューラルネットワークの概念を確立し、ディープラーニングの発展に貢献したとして今年のノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントンは、AIの危険性について積極的に警告している。彼はグーグルの研究者だったが、警告をするためグーグルを退社した。ヒントンは、次のようなことを言っている。
「現在、私は、AIは脳よりも優れたアルゴリズムを持っていると思うようになっている」
「フェイクを大量につくれるAIは、民主主義に対するとても深刻な脅威だ」
「AIが私たち人間より賢くなった場合、人間を支配しようとしてくる可能性がある」
「AIに達成すべき目標を与えるのは常に人間側なので、そうしたことは起きないという人もいる。しかし、私の懸念は、AIが、私たちが意図していない目標を自分で勝手につくってしまうことだ」
「AIは核戦争と同じく人類が直面する最大の脅威の1つだ。それは避けなければいけない」
 楽観論と悲観論が交錯するシンギュラリティ。好むと好まざるとにかかわらず、そのときはやって来る。ただ20年先としたら、私は生きているかどうか。
 はたして、今後を生きる若い世代が、AIとともにどのような人生を送るのか、現時点ではわからない。はっきり言えるのは、日本は、AIにおいて世界から大きく遅れていることだけだ。

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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

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