「クーデタか?」というニュースが相次いでいる。
例えばニューヨーク市長、エリック・アダムズ氏(民主党)。2024年秋、ニューヨーク州連邦検察が、賄賂を受け取った罪で市長を起訴した。しかし、トランプ政権の司法省が2月10日、「起訴取り下げ」を検察に指示。市長は無罪になる可能性が出てきた。

(9日、タイムズ・スクエア/ Photo: Keiko Tsuyama)

ニューヨーカーは「やはり」と思っている。アダムズ氏は民主党選出で、アメリカ最大のリベラル都市の首長でありながら、トランプ氏の当選後、フロリダ州の自宅「マール・ア・ラーゴ」に巡礼した。1月20日の大統領就任式には、ワシントンに駆けつけた。この日はマーティン・ルーサー・キング牧師の日だったが、市内でのイベント参加をキャンセルした。メディアは「トランプ氏は市長の恩赦を検討している」と報じ、今回、司法省が動いた。
司法省が検察に送った文書によると、市長が訴追されていると、トランプ政権が推進する不法移民対策に十分に取り組めなくなっているという。また、市長はバイデン前政権の移民政策を批判した後に起訴された。このタイミングが公正な手続きの信頼性を脅かしたとする。
実は、今年は市長選挙の年である。司法省は、11月の市長選が終わるまで「アダムズ氏を標的にしたり、捜査をしたりしないように」と明言。つまり、政権はアダムズ氏の再選を後押しさえしている。
しかし、アメリカでも日本でも、司法、特に検察には「政治的」影響を及ぼしてはならないことになっている。捜査して証拠不十分であれば不起訴にもできたはずだが、起訴した。それをワシントンの「法の番人」が取り下げろ、と指示するのは聞いたことがない。
「クーデタ」という言葉を使い始めたのは、ドキュメンタリー映画監督のマイケル・ムーアやエール大のティモシー・スナイダー歴史学教授だ。覆面をした民兵が武器を携え、政府のビルに車で乗り付け、襲いかかっていく、という光景はない。その代わり、平服の若い男性らが、ハードディスクドライブを持って、連邦政府ビルに何気なく入っていく。「ホワイトハウスのお墨付きだ」と言って専門用語を並べ、省庁のコンピュータ・システムにアクセスし、一網打尽に機密情報をダウンロードしていく−というのがスナイダー氏がコラムで描く現代版のクーデタだ。
この男性チームは、イーロン・マスクというビリオネアが結成し「政府効率化省(DOGE)」と呼ばれる。しかし、議会の承認を得ていないため実は省庁ではない。一般人の集団で、マスクも選挙で選ばれた政治家でもない。チームに法の根拠はない。これが「無法状態」のクーデタでなくて何であろう。
(写真と文 津山恵子)

津山恵子 プロフィール
ジャーナリスト。専修大文学部「ウェブジャーナリズム論」講師。ザッカーバーグ・フェイスブックCEOやマララさんに単独インタビューし、アエラなどに執筆。共編著に「現代アメリカ政治とメディア」。長崎市平和特派員。元共同通信社記者。
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