2025年は、第二次世界大戦の終結から80年。ロシア-ウクライナ戦争やイスラエル-ガザ紛争にみられるように、世界は今、地政学的リスクの高まりとともに核使用の脅威に直面している。そのような世界情勢を反映し、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が昨年11月にノーベル平和賞を受賞した。そこには、戦後80周年を迎える今年、平和を訴える活動をさらに強化してほしいとの願いがあったのだ。

Courtesy : The CityKids Foundation

平和を切望し続けたキース・ヘリング
同じく核戦争の脅威が高まっていた冷戦時代に、アートを通じて平和への願いを訴え続けたのが、キース・へリング(Keith Haring、1958-1990年)だ。80年からおよそ5年間に及びニューヨークの地下鉄駅構内の壁に絵を描くというサブウェイドローイングを通じて、人々の日常にメッセージを届けるビジュアル・コミュニケーションは瞬く間にニューヨーカーに注目された。彼の作品には、武器や爆発のイメージなども登場するが、それらは暴力の無意味さと平和への願望を象徴している。31歳という若さでエイズの合併症によって亡くなったが、その平和へのメッセージは今も世界中で生き続けている。
そんなキース・へリングとともに現在も、彼のメッセージを世界に伝え、“アート活動”(アート+活動)を世界中で展開しているのが、The CityKids Foundation、通称シティ・キッズ。当財団の創始者であるローリー・ミードフ(Laurie Meadoff)さんに、1988年ヘリングが広島を訪問した理由や、戦後80周年を迎える今年の日本での活動および今後の展望について聞いた。


「アートの力が若者に大きな影響を与える」
──キースが1988年に広島を訪れた理由は何ですか? また、その訪問を通して世界にどんなメッセージを伝えたかったのでしょうか?
1986年にThe CityKids Foundationがキース・ヘリングと初めて出会ったときに、彼が世界のさまざまな問題に対して高い関心を持ち、一生懸命取り組んでいることはすぐに分かりました。「Free South Africa(南アフリカ解放)」プロジェクトなどがその一例です。キースは、アートには分断を乗り越え、人々を一つにする力があると強く信じていました。その信念が彼を動かしていたのでした。
1988年に広島を訪れたのも、平和や人道、そしてみんなで責任を共有するという思いからでした。広島は、破壊の象徴であると同時に、より良い未来への希望を表す場所でもあり、キースの理想と深くつながる場所でした。彼はアートを通して「愛とつながり、理解が、暴力や破壊よりも大切だ」という普遍的なメッセージを伝えたかったのです。
キースの作品は、アートが単に社会の姿を映し出すだけではなく、変化を生み出す大きな力になることを教えてくれています。だからこそ、彼はシティキッズと1000人のニューヨークの若者たちと一緒に「CityKids Speak on Liberty(自由について語ろう)」というアートプロジェクトにぴったりの人物でした。アートの力が若者に大きな影響を与えるというキースの信念や、子どもたちが自分を表現し、創造力を育むことを目的としたプロジェクトで、90ft x 30ft (約27m x 9m)もある巨大なバナーを作りました。
若者たちをパブリック・アートの制作に参加させることで、アートをみんなに開かれたものにし、新しい世代へ繋げようとしたのです。

Courtesy: The CityKids Foundation
「みんなで行動する力を持つこと」
──記念すべき戦後80周年である今年、日本でのイベントも企画されています。イベントを通じて、何を伝えたいですか?
40年以上にわたり、シティキッズはリーダーシップの育成やアートを通じて、若者たちが社会を変える力を持てるように支援してきました。トレーニングや感情教育、安全な場の提供を通じて、創造性やリーダーシップ、そして若者の幸せを育むためのきっかけを作ってきました。
広島が戦後80周年を迎えるにあたり、キース・ヘリングの意志を引き継ぎながら、創造性や若者のエンパワーメントを世界中に広める活動を続けていきたいと考えています。2024年には、中村キース・ヘリング美術館との協力で、第16回中村キース・ヘリング美術館国際児童絵画コンクールにも参加しました。授賞式当日のワークショップにはアジアからの参加者も集まり、つながる場を作りました。

キースの「CityKids Speak on Liberty」は、未来の世代が自由の意味を考えるために描かれました。作品のトーチ部分は意図的に空白のままとされており、新たな解釈の余地を象徴しています。日本での参加者がこのワークショップで自由に再現する様子は、とても感動的でした。
2024年夏には広島でトーチ部分を使ったワークショップも開催されました。アートが国境を越え、みんなで行動する力を持つことを体験できた1日でした。


2025年は「Relight the Torch(トーチの再点火)」をスローガンにキースの愛や自由、そして若者主導の変革というメッセージを拡張したいと考えています。また、何千人ものアーティストによるデジタルで制作したトーチを国際的に展開することも考えています。世界中の声を繋げることで、自由や平等、正義についての深い対話をしたいと思っています。課題はありますが、アートと若者のリーダーシップを通じて、ポジティブな変化を起こせると信じています。

キースが描いた「自由の女神」は、ダンスをする人々が女神像の足元に描かれていますが、自由の女神の腕が真っ直ぐではなく、ゆらゆらと曲がっていることに気づいた人が「なんで腕が曲がりくねっているの?」と聞くと、キースはこう答えました。「曲がっているのではなく揺らいでいるんだ。自由が揺らいでいるから。」この言葉は当時も今も、世界中の若者たちにとって、とても力強いメッセージとなっています。

「キース・ヘリングのビジョンを再解釈し、新たな世代に」
──The CityKids Foundationも来年には40周年を迎えます。今後のさらなる40年のビジョンをお聞かせください。
1985年にThe CityKids Foundationを設立したとき、私は若者たちが痛みを変革の目的に変えることのできる安全な場を提供したいと考えていました。シティキッズは若者とアートの育成プログラムを開拓し、何十万人もの多様な若者たちを導き、インスピレーションを与えてきました。2025年以降も私たちは、若者をリーダー、変革者、そしてアーティストとしてエンパワーするという使命を遂行していきます。


次の40年間の目標は、「The CityKids Global School of Artivism and Innovation」を設立することです。この学校を通じて、キース・ヘリングの足跡をたどる次世代の活動家を育成し、支援していきたいと考えています。
特に、中村キース・ヘリング美術館とのコラボレーション「CityKids Experience Japan」にはとても期待しています。アート、文化、若者の声を融合させ、国際的なつながりや異文化理解を促進するものです。
「一人が一人に知恵を授け、一人が一人に手を差し伸べ、一人が一人を光のもとへ導く」というのが私たちの理念です。
「ポジティブな気持ちでいることを心がけて」
──最後に、この記事を読んでいる日本人の読者へのメッセージをお願いします。
日本の友人たち、そして読者の皆さんへ:The CityKids Foundationは、つながりや創造性、ポジティブな変化を促すためのグローバルなパートナーシップを築けることを光栄に思っています。中村キース・ヘリング美術館とのコラボレーションのような取り組みは、アート活動が対話や活動、そして団結のツールとなりえます。キース・ヘリングのビジョンは、アートが国境を超え、癒しをもたらし、分断を乗り超え、理解を生む力を持つことを啓示しています。
ともにストーリーを共有し、文化交流を深め、次世代がアートと行動を通じて自分たちの足跡を刻めるよう力を合わせましょう。みなさんにはポジティブな精神を忘れないでいただきたいのです。愛と正義、団結を礎とする未来の実現を目指して。

ローリー・ミードフ(Laurie Meadoff)さん
取材・文/梁瀬薫
協力/中村キース・ヘリング美術館
RECOMMENDED
-
NY名物のステーキ、ずばりオススメの店は? セレブ御用達や「フライドポテト食べ放題」も
-
NY初の「バンダイ」体験型施設に潜入!200台を超えるガシャポンに、アメリカ初のゲーム機も
-
アメリカでいちばん人気の犬の名前は「ルナ」 3年連続でトップ、日本名との違いは?
-
連載『夢みたニューヨーク、住んでみたら?』Vol.10 ニューヨーカーはなぜ「手ぶら」で歩く?
-
実は面白い “トレジョ” のアート、ディスプレイからパッケージまで「気が付かないのはもったいない」
-
北米初のユニクロ「カフェ」がNYにオープン、気になるメニューや価格は?
-
無料で雑誌「The New Yorker」の世界にどっぷり浸れる、今行くべき展覧会
-
不要なものを買わない方法 NYタイムズが「節約術」を紹介
-
ニューヨーカーが使う節約術、マンハッタンの無料巡回バスとは? 停留所は33カ所も
-
NYの水道水にまさかの事実 塩分濃度が3倍に、向こう30年で許容量を超える懸念