2025.02.18 『It’s okay not to be okay 〜大丈夫じゃなくても大丈夫〜』 COLUMN

連載『It’s okay not to be okay 〜大丈夫じゃなくても大丈夫〜』小風華香が聞く心のケア 第2回

心のケア、あなたはどう考えていますか?


ニューヨークで暮らす日本人コミュニティー、特に駐在員やその帯同家族の皆さんに向けて、心のケアの重要性をお伝えする新シリーズ。第2回は、マウント・サイナイ病院、東京海上記念診療所ハーツデール診療所で25年以上にわたり、ニューヨークおよび近郊在住の日本人に日本語による医療を提供している、加納麻紀先生に心のケアの実態について聞きました。加納先生は、米国内科学会および米国小児科学会の認定医。米国日本人医師会(JMSA)の会長と慶応義塾ニューヨーク学院(高等部)の校医を務めていらっしゃいます。

お話を聞いた人
加納麻紀先生

日本人駐在員や帯同家族の心のケアに関して、どのようなアプローチでサポートをしていますか?

日々の診療を通じて、患者やその家族が心の健康のサポートを必要としている場面に多く直面します。そのため、年次健康診断の際には、12歳以上の患者に対して「気分が落ち込んでいるか?」「以前よりも興味を持てることが減っていないか?」といった質問をすることで、心の健康についての会話を促す工夫をしています。こうした質問を通じて、患者が自身の心の状態について考え、適切なサポートを求めるきっかけになればと考えています。

12歳以上の患者には、保護者の同席なしで話をする機会を設けることで、プライバシーを確保しつつ、心の不調について自由に話せる環境を整えています。思春期の子どもたちは、保護者には話しにくい悩みを抱えることが多いため、医師が中立的な立場で耳を傾けることが重要です。一方で、12歳未満の子どもたちに関しては、保護者と共に話し合う時間を持ち、家庭での様子や学校での変化について詳しく聞き取ることが大切だと感じています。このような会話を通じて、心の不調が少しでも感じられた場合には、再診をおすすめし、継続的なフォローを行うようにしています。

子どもの場合、軽度の注意欠如・多動症(ADHD)や不安症、うつ症状が見られるものの、健康上のリスクが低いと判断した場合は、専門医ではなく、小児科医が経過を観察しながら対応することもあります。また、ニューヨーク日本人教育審議会では、日本語を話す子どもたちとその家族を対象に、心理学の専門家による教育相談を提供しており、必要に応じて紹介することもあります。

ウェルネスとは、身体的にも精神的にも健康であることを意味します。そのため、私は最前線の医療従事者として、患者の心と体の健康を総合的にサポートすることが自分の役割であると考えています。一般的に、日本人は心の不調を抱えた際に、すぐに精神科医や心理士に相談することが少ない傾向にあります。特に子どもたちにとって、適切な専門的ケアへとつなぐ「窓口」としての役割を果たすことが、私の使命だと感じています。医療現場における心のケアの重要性を引き続き発信しながら、患者やその家族が安心してサポートを受けられる環境を整えていくことを目指しています。

ニューヨークに暮らす日本人家庭の中には、母語での心のケアに関する情報が限られていることに不安を感じる人も多いのではないでしょうか。日本では、心の不調があってもすぐに専門医に相談する文化がまだ十分に根付いていない一方、アメリカではかかりつけ医(プライマリー・ケア・ドクター)が初期の相談窓口として重要な役割を担っています。加納先生は内科および小児科の専門医として、患者やその家族が心の不調を抱えた際に、「最初の相談相手」としてどのような役割を果たし、適切な支援へとつなげていらっしゃいますか?

まずは、保護者と子ども双方の話をしっかりと聞き、何が起きているのかを理解すること、そしてニューヨーク地域で利用できる支援リソースについて情報を提供することが大切です。例えば、学齢期の子どもたちについては、森真佐子先生(米国臨床心理学博士)やバーンズ亀山静子先生(ニューヨーク州認定スクールサイコロジスト)を紹介しています。また、グリニッチのニューヨーク日本人学校には心理サービスが常駐していないため、地域のリソースを紹介することが多いです。重度のADHDや自閉症スペクトラム症のケースでは、斎藤恵真先生(精神科医師)を紹介することがよくあります。さらに、学校に心理士がいる場合は、その心理士と話をしたり、教師宛に手紙も書いています。こうすることで、保護者と子どもが安心できる支援体制が整い、学校生活を少しでも快適に過ごせるのではないかと考えています。日本人駐在家庭に特に強調したい点は、アメリカでは日本と比べて、学校での子どもへの支援を求める際には保護者がより積極的に行動する必要があるということです。日本では、担任の先生などが保護者に働きかけることが多いようですが、アメリカでは必ずしもそうではありません。私の経験上、多くの現地校では日本人駐在員の子どもの心の不調を「単なる言語の壁」と捉えてしまう傾向があるため、まずは小児科医に相談し、適切なリソースにつなげてもらい、適切な対応をとることが重要です。

ご自身の経験から、心のケアについて感じたことはありますか? またそれは患者や家族と接する際のアプローチにどのような影響を与えましたか?

子どもを出産した後、私は産後不安を経験しました。それまで当たり前にできていたことができなくなったり、不眠になったりと日常生活がうまく送れなくなり、とても怖い思いをしました。子どもとの生活の予測不可能性やホルモンの変化など、さまざまな要因が影響していたのかもしれません。それまで「私は大丈夫」と感じていたのに、突然そうではなくなったことに大変戸惑いました。しかし、当時の私は自分がそのような状態にあることに気付いていませんでした。医師の友人が「最近のあなたは以前と違う」と指摘してくれたことで、初めて気付くことができました。なので、声をかけてくれ、私の様子を気にかけてくれたその友人にとても感謝しています。

小児科医として働いていた私は、自分自身がこのような状況に陥るとは思ってもいなかったので、とてもショックでした。しかし、この経験を通じて、産後不安の苦しみがどれほどつらいかを身をもって知りました。そのため、同じような経験をしている産後の方たちの気持ちに、より深く共感できるようになりました。だからこそ私は新しい親御さんたちに対して、孤立していないか、赤ちゃんとつながりを感じられているかをしっかり確認することを大切にしています。また、「このようなことは予想以上に多くの人が経験している」と伝え、必要なサポートを提供するように心がけています。

「ニューヨークすくすく会」という団体を設立したのも私自身のこのような経験からです。「ニューヨークすくすく会」は、小児科医をはじめとする医療、ソーシャルサービス関係の専門家(看護師、助産師、ソーシャルワーカー)や、育児経験を持つ先輩親御さんたちが協力し、ニューヨーク近辺で妊娠・出産、育児をしている日本人家族を支援するボランティアグループです。2004年からはプレママ情報提供プログラムを開始し、母乳育児支援専門家や産婦人科医を招き、私自身が必要としていたようなリソースやコミュニティーを提供しています。新しい親御さんたちが適切な情報と支援を受けながら安心して育児に向き合えるよう、これからも活動を続けていきたいと考えています。

最後に、読者にメッセージをお願いします。

多くの日本人駐在員の家庭、特に母親は大きなストレスを抱えています。そのため、パートナー同士がお互いに気を配り、支え合うことがとても重要です。また、子どもたちは、現地の学校やコミュニティーになじもうとしながらも、日本語を維持しなければならず、初めての外国語環境の中で適応していく必要があります。そのため、十分な休息を取る時間がほとんどないという状況に陥りがちです。もしお子さんが「疲れた」「朝スッキリ起きられない」と言っていたら、それは重要な警告サインかもしれません。保護者は、子どもが家庭や学校、地域社会、そして将来の日本の受験といったさまざまなプレッシャーやストレスを抱えている可能性を認識することが大切です。もしお子さんが笑わなくなったり、日常生活から引きこもるようになったり、以前は興味を持っていたことに対して無関心になったりした場合は注意が必要です。また、腹痛や倦怠感などの身体症状が出ることもあります。このような変化や不安を感じたら、すぐに小児科医に相談してください。私を含めた小児科医は、親御さんの観察をもとにフィードバックを行い、必要な支援を提供します。お子さんの健康と心のケアのために、一人で抱え込まず、ぜひ相談してください。



ナビゲーター:小風華香(Haruka Kokaze)

コロンビア大学病院/職場メンタルヘルスリサーチアソシエイト兼日本ストラテジー主任アナリストニューヨーク大学病院/アルコール依存症、薬物依存症フェロースタンフォード大学病院/ハートフルネスフェロー

父親の仕事の関係で東京、ニューヨーク、ヒューストン、ロンドンで育つ。幼いころから日本人駐在員とその帯同家族が精神的な問題に直面していること、また、日本特有の価値観や人間関係を理解するメンタルヘルス専門家がアメリカに不足していることを実感。現在はコロンビア大学のMental Health + Work Designラボで、職場メンタルヘルスリサーチアソシエイトおよび日本ストラテジー主任アナリストとして、日本国内の本社とアメリカ支社の駐在員とその帯同家族が直面するメンタルヘルス問題を担当。同時に企業とのパートナーシップ構築と成長支援にも注力している。兵庫県出身。

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