トランプの「大統領令連発」「関税発令」のせいで、市場は揺れている。ブラフだったり、本気だったり、前言撤回だったり、なんでもありなので、「様子見」と言ったところになっている。
ただ、やはりもっとも注目されるのは、今後、基軸通貨のドルがどうなるかだろう。これまでの発言を見ていると、トランプはドルがアメリカの世界支配の基盤であることはわかっている。だから、これを守ろうとしているが、なぜかドルの発行元であるFRBを敵視し、「金利を下げろ」と言い、最終的に「解体する」とまで息巻いている。
いったい、なぜ、こんなことをしようとしているのか?
その背景を探るとともに、FRBとはどんな組織なのか?そしてドルはどうなるのか?を考察する。
*(前編)(後編)の2回に分けて配信します
BRICSに対し共通通貨をつくるなと“脅し”
トランプは大統領になってから、ドルに対して2つの重要な発言をした。どちらも大統領になる前から言っていたので、新鮮味はない。しかし、世界覇権国の大統領となって言うとなると、その重みは違う。
1つめは、1月30日に自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」で、「われわれは、こうした敵対的に見える国々(BRICS諸国)に対し、新たな共通通貨を創設せず、また強力なドルに代わるほかの通貨を支持しないという約束を求める。さもなければ、100%の関税に直面することになるだろう」と投稿したこと。
要するに、BRICSに対して、ドルに代わる国際決済通貨をつくったらタダでは済まないぞという“脅し”(警告)だ。
トランプはこれまでも、同様な警告を発している。昨年11月30日の投稿では、「BRICSが国際貿易や、ほかのどんな分野でも、ドルに取って代わる可能性はまったくなく、そうしたことを試みる国は、関税にようこそ、アメリカにさようならを言うべきだ!」と述べている。
こうした一連の発言から言えるのは、トランプはドルがアメリカの世界覇権の「源泉」であると知っているということだ。いくらなんでも、それだけはわかっているわけだ。
FRBに対して再三再四金利を下げろと要求
2つめは、1月28、29日のFRB(米連邦準備制度理事会)の「FOMC」(連邦公開市場委員会)を前にして、スイスの世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)にオンラインで参加し、こう述べたこと。
「(FRBに)すぐに金利を下げるよう要請するつもりだ。そして世界中で金利は下がるべきだ」
トランプは、以前から低金利こそが景気をよくすると信じ込んでいる。そのため、ダボス会議での発言後、ホワイトハウスの大統領執務室に集まった記者たちに、FRBのパウエル議長と金融当局についてこう述べた。
「彼らよりも私のほうが金利に関してはるかに詳しく、その判断に当たる主な責任者よりも私のほうが熟知しているのは確かだ」
まさに“オレ様大統領”。とてつもない自信過剰である。
と、それはともかく、トランプはこれまで、政策金利を決める権限を持つFRBを敵視してきた。2016年から2020年にかけての第1期政権時も、FRBに繰り返し金融緩和を要求し、パウエル議長と激しく対立した。
歴代のアメリカ大統領は、金融政策については直接の発言を控えてきた。中央銀行は政府とは独立した機関であり、とくにFRBに対する政府の権限は制限されていたからだ。しかし、“オレ様大統領”トランプは、そんなことは歯牙にもかけない。
BRICS共通通貨「R5」の実現可能性は?
それではまず、BRICS共通通貨(5カ国の通貨の頭文字が「R」なので、通称「R5」と呼ばれる)について、考察してみたい。これまで世界では、何度かドルに代わる決済可能な共通通貨が提案・議論されてきた。「R5」はそのなかでも有力な候補である。
しかし、世界に強大な覇権国があるかぎりは、その国の法定通貨が「基軸通貨」となるのが通例であり、別の共通通貨が実現した試しはない。
つまり、BRICSのパワー(経済力、軍事力、文化力など)がアメリカのパワーを上回らなければ、共通通貨など絵に描いた餅ということである。ただ、BRICSはいまや5カ国ではなく、サウジやUAE、イランまで参加したので、可能性はないとは言えなくなった。
ただし、その主導役は、じつはBRICSを主導する中国、ロシアではなく、ブラジルである。ブラジルのエコノミストのパウロ・バチスタ(元IMF理事)は、国際決済ができるデジタル通貨を提唱している。また、今年はブラジルがBRICSの議長国を務めることになっている。
つまり、トランプ発言の背景にはこうした流れがあり、トランプはそれを牽制したのである。
トランプ発言を受けて、ロシアは即座に否定。ドミトリー・ペスコフ大統領報道官は、「BRICSは共通通貨創設について議論していないし、今後もその予定はない」と述べた。
ロシアも中国もバカではないから、トランプの挑発には乗らない。いまのところ、アメリカの世界覇権がトランプによってどうなるかを見ているだけである。
この続きは3月13日(木)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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