連載113 山田順の「週刊:未来地図」日本経済SOS(1)量的緩和の限界  東京五輪を前に景気減速から財政破綻に向かうのか?

 米朝首脳会談によって朝鮮半島に平和が訪れるという「ムード」に酔っていると、この先、日本経済は大変なことになりそうだ。なぜなら、米欧とも金融緩和を終えて、いまや日本だけが緩和を継続せざる得ない状況に追い込まれているからだ。
 この6月、前代未聞の「新発10年債」の取引が成立しないという異常事態が4日も起こった。もはや日本の金融市場は機能不全に陥っている。この事態が、今後、日本経済を蝕んでいくのは明白。これにトランプ大統領の世界中を相手にした貿易戦争が加わるのだから、まさに「日本経済SOS」だ。

「国債取引成立せず」が1カ月で4日も

 モリカケ問題、北朝鮮問題、そしてサッカーW杯の報道ばかりが続くなかで、日本経済の危機が静かに進行している。このことを象徴するのが、「新発10年債」の取引が成立しないという異常事態の発生だ。
 国債の売買を仲介する日本相互証券で、新発10年債の取引が成立しなかったのは、昨年は2日しかなかった。それが、6月はなんと4日も続けて起こり、今年通算では5日になったのである。
 だいたい、国債取引が成立しないこと自体が異常である。事実、アベノミクスによる「異次元緩和」が始まる前、2001~13年には1日もなかった。したがって、これは、異次元緩和の副作用といえるだろう。
 もちろん、日銀は慌てて、国債買い入れオペレーション(公開市場操作)による1回当たりの購入額(償還までの期間が3年超5年以下)を減額するという緊急措置を発動した。つまり、これ以上、日銀が国債を買い続けると、金融市場が消滅してしまう。それだけは避けなければならいというわけだが、はたして、こうした措置で、今後この問題は回避できるだろうか?
 答えはノーである。現在のような緩和を続ける限り、いずれ国債は民間の買い手がいなくなる。
 異次元緩和により、日銀は長期金利を限りなく0%で推移するようにコントロールしてきた。そのため、金利はほとんど変動がなくなり、直近の新発10年債は0.03%に抑えられている。こんな金利では、どんな投資家でも国債を買う(つまり国債投資をする)わけがない。
 したがって、異次元緩和、別の言い方をすると、日銀が国債を買い占めてしまうことは、もはや限界に近づいているのである(もちろん日銀が直接、国債を引き受けることはできる。しかし、これは財政法で禁じられており、すれば国債は大暴落する)。

異次元緩和は実際には起こらなかった

 国債は単なる債券、金融商品ではない。10年債の金利(=長期金利)は、民間の貸出金利のベースになるものだからだ。しかし、この金利が限りなくゼロになれば、民間の金融機関は、資金を貸し出すことができなくなる。
 金利というのは、信用度によって上がる。資金を必要としているところは、たいていは信用度が低いところだから、貸し出すほうは高い金利を設定しなければならない。しかし、国債金利が限りなくゼロでは、結局、貸さないという結論になってしまう。
 だから、異次元緩和以降、日本の金融機関はいったん国債を引き受けて、それを日銀に売り、それで得たおカネのほとんどを日銀の当座預金にブタ積みしてきた。法定準備預金を超える超過準備金には、0.1%の不利が付くからだ。
 異次元緩和では、市中に大量のおカネが流れ、それが景気を上向かせる。その結果、日本経済はデフレを脱却し、ゆるやかなインフレになるとされた。しかし、そもそもほとんど緩和されなかったのだから、そんなことが起こるはずがなかった。
 市中に出回るおカネ(=マネーストック)は、たいして増えず、ほぼゼロ金利では金融機関もおカネを貸し出せない。それなのに、メディアは「緩和は続いているが、民間に資金需要がないので緩和の効果は上がっていない」と言い続けてきた。しかし、実際はそうではない。借り手はいても貸し手が貸せない状況が続いてきただけである。
 ではその結果、なにが起こっただろうか?

もはや金融機関が経営できない環境に

 ここ数年で急速に進んだのが、金融機関の経営危機だ。これが異次元緩和の本当の副作用で、すでに地銀や信金、信組のなかには、赤字に転落してしまったところがある。そのため、金融庁の森信親長官は、異例の任期3年を勤め、「金融改革」と称して、銀行にリスクを取る経営を求め続けてきた。そして、体力の落ちた地銀同士を合併させる地銀再編を進めてきた。
 しかし、現在の金融環境では、リスクを取れば取るほど経営は悪化する。その結果、「かぼちゃの馬車事件」というような詐欺事件が起こった。
 この事件では、スルガ銀行が借り手であるシェアハウスのオーナーのデータを改ざんしてまで融資を行っていたことが発覚した。普通なら貸せない相手にまで貸して利ざやを稼ぐ。そうまでしなければならないほど、地銀は追い詰められてしまったのである。
 しかも、このスルガ銀行を、昨年半ば、森長官は“ベストバンク”と絶賛していた。
 また、森長官は、フィンテックを育成しようと仮想通貨の市場形成にも乗り出した。その結果、ビットコインバブルが起こり、今年になってコインチェックという会社が580億円もの仮想通貨を流出させてしまうという事件が起こった。
 これもまた、金利が限りなく0%という異次元緩和の副作用である。森長官は異例の異例、任期4年目も有力視されていたが、こうした不祥事の連続で、この7月いっぱいで退任することが決まった。
 しかし、地銀や信金、信組の経営不安はいまもなお続いている。金融庁は、先日、昨年の決算を踏まえて、福島銀行と島根銀行に業務改善命令を出した。
(つづく)

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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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