百年都市ニューヨーク 第27回 創業1837年 デルモニコス(続々)

 南北戦争真っ最中の1862年、デルモニコス2代目社長のロレンゾが、ライバルのフランス料理店「メゾン・ドレエ」から引き抜いたフランス出身のシェフ、チャールズ・ランホーファー(1836〜99年)は、当代随一の名に恥じない実力を見せつけた。

南北両軍が仲良く舌鼓

 ほぼ30年間デルモニコスで勤続したランホーファーは、味の面で同店の名声とスタイルを確立した立役者だ。料理長として就任した、新設14丁目支店の開店記念ディナーでは8品コースで勝負。肉とトリュフ、キノコ類を使ったタンバール(当時のフランス料理の定番、パイ皮包み料理)や鶏肉フィレのクリームソース添えをフィーチャーした他、ロングアイランド産のマスやチェサピーク地方の鴨肉も登場したそうだ。
 もちろん開店と同時に同店は市内最高のレストランに昇格。キラ星のごとき著名人が夜な夜な集い、戦争中なるもデルモニコスでは南北両軍の士官が集い、仲良く舌鼓を打っていたという。
 仕事の鬼で創作意欲の塊だったランホーファーの調理場は常に活気に満ちていた。14品コースを2時間20分(1品あたり約10分)で出すことも珍しくなかった。地元新聞ザ・サンは「料理長の指揮の下で働く40人のスタッフは優秀な軍隊のように訓練されており、一糸たりとも乱れない」と書いている。

「美食家大全」でレシピを公開

 そんな後輩料理人たちのためにランホーファーは、レシピ本を書き残した。題して「The Epicurean(美食家大全)」。1893年刊の同書は全1183ページと電話帳並のボリューム。デルモニコスで供していた3700の料理のレシピを惜しげもなく解説したため出版当初は、「大事な店の財産を家庭の主婦に一般公開した不届き者」と酷評されたが、よく読んでみると、記述は色艶を排し徹底的に実践重視。どう見てもプロ用である。
 19世紀後半から20世紀初頭は自然科学礼賛の時代で、料理の世界でも技術を合理的かつ体系的に記述する気運が高かった。フランス人シェフ、オーギュスト・エスコフィエが書いた「Le Gide Culinaire(1903年刊、邦題:料理の手引)」は、日本のフランス料理界でも“バイブル”と謳われている名著だ。ランホーファーの書もそれに近いが比較的、情報が中心。読み物としては面白味に欠ける。だが、動物や魚介類の無駄のない解体法、特に当時流行っていたヤマシギやズアオホオジロなど珍しい野鳥やジビエの扱いに関しての生物学的な記述には目を見張る。残念ながら掲載料理の多くは工程が複雑な上、冷蔵庫やガスなどの調理器具がない時代の技術で、一般家庭のキッチンではとても歯が立たない。

名物ステーキに挑戦してみよう

 この本のおかげで後世まで生き延びた料理もある。例えば、同書487ページに登場するデルモニコスステーキ。柔らかい歯ごたえと滲み出す旨味がたまらない一品で今も同店の看板料理だが、オリジナルはランホーファー作である。

「サーロインを2インチ厚で薄切りにし、叩いて1.5インチまで伸ばす。無駄な部分を切り落とし、1人前を20オンスに調整する。肉の両面に塩をして、オリーブオイルと溶かしバターを塗り、レアなら14分、ミディアムの場合は18分、ウエルダンは22分、中火の直火で焼く。焼き上がったら熱々の皿に盛り仕上げに透明なグレービーとメートル・ドテル・バターで調味する」(「美食家大全」より)

 味の決め手は、調理最後に加えるmaître d’hôtel butter、ランホーファーらしくちょっぴりフレンチなひねりを効かせている。現行のデルモニコス公認レシピによると作り方は意外に簡単で、「生ベイリーフ3枚、大さじ1杯の生タイム、大さじ2杯の海塩を粉状に砕き、そこに無塩バター1ポンドを入れハンドミキサーでよく混ぜ合わせ、直径3センチの棒状に伸ばす。ラップで包んで冷蔵庫で1週間寝かせ、輪切りにして使う」とある。
 良質な熟成リブアイが手に入ったら、この秘伝バターで150年続く伝統のステーキを自宅で作ってみるのも一興だ。(つづく)

現在もダウンタウンのデルモニコスで食べられるオリジナルのデルモニコスステーキ。焼き方もハーブ入りバターで仕上げる調理法も150年間変わらないが、部位はプライムビーフの骨なしリブアイにアップグレードした

現在もダウンタウンのデルモニコスで食べられるオリジナルのデルモニコスステーキ。焼き方もハーブ入りバターで仕上げる調理法も150年間変わらないが、部位はプライムビーフの骨なしリブアイにアップグレードした

ランホーファー著「美食家大全」(1903年刊)は、アメリカの料理史を語る上で避けて通れない貴重なレシピ本。ほとんどの記載料理が今は「絶滅」している

ランホーファー著「美食家大全」(1903年刊)は、アメリカの料理史を語る上で避けて通れない貴重なレシピ本。ほとんどの記載料理が今は「絶滅」している

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Delmonico’s Restaurant

創業1837年、リンカーン大統領や文豪マーク・トウェイン、チャールズ・ディケンズも愛した名店。デルモニコステーキをはじめ、エッグベネディクト、ベイクドアラスカなど数々の有名料理を生み出した。メニューに「アラカルト」やワインリストを初めて導入したのも同店だ。支店を持たないため、ニューヨークでしかここの料理は食べられない。

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取材・文/中村英雄 映像ディレクター。ニューヨーク在住27年。人物、歴史、科学、スポーツ、音楽、医療など多彩な分野のドキュメンタリー番組を手掛ける。主な制作番組に「すばらしい世界旅行」(NTV)、「住めば地球」(朝日放送)、「ニューヨーカーズ」(NHK)、「報道ステーション」(テレビ朝日)、「プラス10」(BSジャパン)などがある。