連載153 山田順の「週刊:未来地図」 「働き方改革」で本当に残業を減らせるのか?(完)

本当の「働き方改革」のための方法とは?

 では、どうやったら、残業を減らし、本当の意味での「働き方改革」が実現できるだろうか? 私が思うに、つぎの3点ではなかろうか。

(1)「新卒一括採用」をやめる
(2)「年功序列・終身雇用制度」をやめる 
(3)「目標管理制度」(MBO)を機能させ「成果給」にする

 (1)の「新卒一括採用」は、世界でも稀にみるシステムで、すべての元凶といっていい。日本では、就活は同じ時期にいっせいに行われ、そのゴールは「内定」をもらうことである。それで、内定が決まった学生に、入社したらどんな仕事をするのかと聞くと、その答は「入ってみないとわかりません」である。会社側もまた学生に、具体的になにをするのか事前に提示できない。こんな“異常”な採用の仕方があるだろうか?
 これでは、採用する企業も学生も不幸である。なぜなら、学生は仕事に対してなんの準備もできないし、企業はそういう学生を白紙状態から仕事人間に育てなければならない。ところが、日本企業の人事担当者は「まっさらな状態でやってくる若者を3年間かけてじっくり育てる」ことが、仕事だと考え、それを疑うことはないのだ。一刻も早くこれをやめ、スキルを明示した採用基準に基づいて採用する。そうして、一括採用をやめ、インターンシップ制を活用した「通年採用」に切り替えるべきだろう。
 (2)の「年功序列・終身雇用制度」も、できる限り早くやめるべきだ。「年功賃金」を全廃し、「職務給」に切り替えるべきだ。どう考えても日本の給料の決め方はフェアではなく、しかも差別的だ。なぜ、年齢が上がるに連れて給料が上がるのだろうか?このことに、合理的な根拠はどこにもない。
 そもそも給料とは仕事に対して払われるもので、年齢に対して払われるものではない。したがって、年功賃金というのは年齢差別であり、その結果、外でバリバリ売りまくっている若手営業マンより、事務所でのんびり新聞読んでいる管理職オヤジのほうが給料が高いという本末転倒が起こる。
 これが廃止され、職務給に1本化されば、残業などほんとんどなくなるだろう。なぜなら、残業をするより成果を上げたほうが、より多く稼げるからだ。
 そして次は、「終身雇用」を廃止する。もちろん、いくらでも長くいてもかまわないが、そのためには成果を上げなければならい。ところが、終身雇用ではなにもしなくともほぼ生涯にわたる雇用が保証され、おまけに退職金まで出る。退職金というのは、給料の後払いで、「長年にわたる我慢料」である。これがあるため、企業は目の前の成果に対して高給を払えない。
 (3)の「目標管理制度」(MBO)を機能させ「成果給」にするだが、これは「成果給」(日本では前述した「職務給」)にするためにはMBOが必要だということだ。
 MBOとは「Management By Objectives」のことで、ピーター・ドラッカーが提唱した仕事の評価制度。上司と部下が目標を設定して仕事を遂行し、成果を上げた人間を正しく評価するというもの。
 これにより、アメリカ企業は生産性を向上させたが、日本では根付かず、今日までになし崩し的にしか運用されてこなかった。しかし、ここまできたら、これを本格運用しなければならないだろう。
 多くのアメリカ企業では、ポジションに応じて「ジョブディスクリプション」(job description: 職務記述書)がつくられ、仕事の具体的な内容、その目標・目的、責任や権限の範囲、そのポジションが有する社内外の関係先、必要とされる知識や技術、資格、経験、学歴などが克明に記される。これがあることで、仕事にあいまいさがなくなり、社員も成果を上げる努力をする。そうすれば、成果給制度により給料が上がるからだ。

社長のある決断で残業なしに成功した中堅企業

 さて、前記したように、「働き方改革」が始まるのは来年4月である。大企業から中小企業へと2年かけて実施され、最終的に残業時間が減り、同一労働同一賃金が実現することになっている。しかし、「うまくいくはずがない」という声が根強い。
 それは、企業に、新卒一括採用、年功序列・終身雇用をやめるメリットとインセンティブがないからだ。いくらでも働いてくれる正社員がいて、強い労働組合がある限り、おそらく、このシステムはまだまだ生き残ると見られている(編集部註: 本記事の初出は9月4日)。となると、業時間の規制はなしくずしにされ、ますます「サービス残業」が増えるだろう。正社員の待遇を下げるわけにはいかないから、新卒採用は抑制され、非正規雇用が増える。そして、AI導入による仕事の自動化がどんどん進んでいく。
 私の知り合いのある中堅企業の社長は、社員の残業時間をなくすことに成功した。彼がやった方法は単純そのものだった。「いくら言っても早く帰らないから、5時半で会社の電気を全部切ってしまうことにしたんです。それで、そんなに仕事をしたければ、朝なら、いくら早く出勤してもいいことにしたんです。そうしたら、残業がなくなりました。業績も落ちませんでした」
 なるほどと思ったが、やったのはこれだけではなかった。「残業代も給料なら、いっそのことぜんぶ給料にしてしまおうと思い、それまでの“基本給+残業代”を保証したんです。そして、これに成果ボーナスを加えて払うことにしたんです」
 ただ、この会社は世界に販路を持つオンリーワン企業で、業績は安定していた。それだからこそ、これができたといえるだろう。
 「電気を切ったことで文句を言いにきた社員もいましたが、いまでは早く帰って家族とすごす時間ができたと、感謝されていますよ」と、この社長は胸を張った。
(了)

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【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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