連載176 山田順の「週刊:未来地図」 「支給開始70歳」はもう目前に! (下)  今後、年金はどのように崩壊していくのか?

30%の暴落で年間支給額の半分が消える

 本来、年金のような公的資金は毎年、一定額を支給するために積み立てられるものだから、株式のようなリスク資産中心の運用は避けるのが常識だ。ポートフォリオをつくるに際しては、上がっても下がってもいいように値動きが反対になるものに分散投資する。しかし、GPIFはこれを無視してしまった。ただしその後、日米とも株式は上がり続けたから問題は起こらなかった。2017年時点でGPIFは、過去10年間の運用で63兆円の含みの保有利益を確保したと胸を張っていた。2017年単年度だけでも、約10兆円の含み益が出たと言っていた。それが、現在は沈黙せざるを得なくなっている。
 株式の場合、ボラテリティ(騰落率)は30%以上になることもある。となると、株式市場に投じた年金資金は、暴落すれば30%が吹き飛ぶ。もし、30%の暴落が起これば、GPIFの資金約156兆円の半分、約78兆円のうち30%が失われるのだから、その額は23.4兆円である。現在、年金は年間で約56.7兆円(2017年)が支給されている。つまり、年間支給額の半分が消えてしまう。
 GPIFは、相場が下落局面になったとき、それまでの利益確定のために保有株を売ることはできない。もし大口の持ち手になったGPIFが売れば、株価はさらに下がり、本当に暴落しかねないからだ。したがって、少しは売るが、1度買った株のほとんどはいつまでも持ち続ける。これでは、なにかあれば、本当に年金資金は失われる。
 GPIFがこんな冒険をせざるを得なくなったのは、安倍政権がアベノミクスで異次元緩和を始めたからである。なにしろ日銀まで株式市場に乗り出し、巨額のETF買いをして株式を釣り上げたのだから、GPIFも同じようにせざるを得なくなったのである。

制度の見直しで減額が進んでいく

 こうして、株価のリスクにさらされるようになった年金資金だが、これと並行して行われ続けているのが、年度ごとの「制度の見直し」である。2016年の見直しでは、2015年まで1度も発動されてこなかった「マクロ経済スライド」を発動しやすくしてしまった。さらに、年金の支給額を変える際の目安の見直しも行われた。こうして、2018年4月からは、キャリーオーバー制度も実施されることになった。
 以上をまとめて簡単に説明すると、年金支給額はこれまでは物価や賃金が上がれば、そのような経済情勢に合わせて上げてきた。しかし、これからは支給額は、賃金のほうに合わせる。つまり、物価が上がっても賃金が上がらなければ、年金は上げない。つまり、年金を実質的に目減りさせるというのだ。そして、2021年4月からは物価が上がっても賃金が下がれば年金額も下げることになった。さらに2018年4月からは、キャリーオーバー制により景気後退期に減額しなかった分を景気回復にまとめて差し引くことになったのである。
 こうしてみると、景気が悪くなろうとよくなろうと、年金はどんどん目減りしていく。今後、インフレがやってきて物価が上がるとする。そのとき、物価の伸びに賃金が追いつかなければ年金は賃金にスライドするので、年金生活者の暮らしは一気に困窮するというわけである。
 現在、年金だけで生活できない高齢者は、年々増え続けている。2017年に生活保護を受けた世帯のうち、65歳以上の高齢者世帯は全体の5割を超えている。

年金を崩壊させないための6つの撰択肢

 このように、年金は確実に減額され、やがてなにか大きなことが起こったとき、制度そのものが崩壊するのは確実だ。国民が抱いている「年金不安」は、年ごとに増していく。そこで最後に、では年金制度をどうすればいいのかを考えてみたい。
今後、年金制度の大幅な見直しが必要となった場合、政府がとるべき選択肢は、次の6つである。

① 年金の給付額をさらに減らす
② 受給開始年齢を遅らせる(現在70歳が議論中)
③ 現役世代の保険料を引き上げる
④ 税金を投入する(全額税方式に変更してしまう)
⑤ 年金制度そのものを破棄する
⑥ 大量に移民を受け入れ、年金支払い人口を増やす

 ①はこれまでやってきたことの延長である。しかし、制度は維持できても、やがて年金だけでは暮らせない人々を大量に生み出し、別のセーフティネット(たとえば生活保護の拡充)が必要になる。
 ②は、現在議論されていて、じきにこうなるのは確実だが、その先にはさらなる支給年齢の引き上げが待っている。75歳も現実的ではなくなってきている。
 ③は、確実に国民の抵抗に合う。そればかりか、未納者を増やし、制度の崩壊を早める。
 ④これも議論されているが、現在でも年金はかたちを変えた税金である。しかも、税金にしたからといって資金が増えるわけではない。消費税などをさらに上げることになる。
 ⑤解決策として、これがいちばん簡単。しかし、これまでの受給者、将来の受給者に対してどのような措置をとるのか? 制度をなくした後、すべてを民間、国民の自己責任に委ねることでいいのか? 難問が待ち構えている。
 ⑥これも解決策たり得る。しかし、そのためには今後、人口にして1000万人の移民を受け入れなければならない。これを国民が受け入れるだろうか?

 こうして見てくれば、年金問題は八方塞がりといえる。ここに、カミカゼが吹くことはあり得ない。とすると、国民の選択肢は限られる。いずれにせよ、現状が続く限り年金に頼らない生活設計をいっときも早く構築するほかないだろう。といっても、年金世代はもう手遅れである。ただ、現役世代で若ければ日本国民をやめてしまうという選択肢もあるだろう。しかし、それができる人間がどれくらいいるだろうか?
(了)


【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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