連載177 山田順の「週刊:未来地図」 世界中が驚き、とくに中国人は大ショック!(上)  トランプが廃止すると言い出した「出生地主義」とは?

 多くの日本人にはピンと来ないが、中間選挙前にトランプ大統領が突如言い出した「出生地主義の廃止」は、世界中に大きな波紋を広げている。とくに中国人は大ショックで、これが実現すれば、アメリカ国籍獲得のための「出産ツアー」は一瞬にしてなくなる。日本人のなかにも、子どもにアメリカ国籍を与えようと、アメリカでの出産を選ぶ夫婦は多い。
 では、出生地主義とは、いったいなんなのか? なぜ、トランプ大統領は、これを廃止しようとしているのだろうか? (編集部註: 本コラムの初出は11月13日)

アメリカで出産するだけでアメリカ人になる

 トランプはともかく移民が大嫌い、非白人が大嫌いである。そのため、本気でメキシコ国境に壁をつくろうとしており、現在、メキシコ国内をアメリカに向かって進む「移民キャラバン」を一歩もアメリカ国内に入れさせまいとしている。
 さらに、中間選挙前には、「不法移民の子どもが自動的にアメリカ国籍を与えられるのはおかしい。今後は、アメリカ国内で生まれたからといって、自動的に国籍を与えない」と言い出した。
 10月30日、トランプはインターネットメディア、アクシオスのインタビューを受け、その際に「アメリカは人間が来て出産するだけで、その子どもが85年間にわたりアメリカ国民としての恩恵を受けられる世界で唯一の国だ」と不満をぶちまけ、これを大統領令で廃止すると示唆したのである。
 このトランプの主張はもっともなところがあるが、例によって「フェイク」を含んでいる。トランプは本当に平気でウソをつくが、このときは「世界で唯一の国」がウソである。そういう国は世界では約30カ国あり、たとえばカナダやフランスもそうで、これを「出生地主義」と呼んでいる。アメリカもそんな国の一つであり、「世界で唯一の国」ではない。
 「出生地主義」と言われても、日本人にはピンと来ない。日本人は、両親が日本人ならばなんの疑いもなく日本人になる。つまり、日本国籍は出生地ではなく、血統に基づくものだからだ。
 しかし、出生地主義の国では、親が誰であろうと、国の領土内で生まれれば、その国の国籍が付与される。したがって、トランプの主張がもし実現すれば、移民によってつくられたアメリカという国は根本から変わってしまう。

毎日1人中国人の赤ん坊が生まれたサイパン

 トランプの発言を聞いたとき、私も正直驚いたが、もっと驚き、そしてショックを受けたのが中国人であろう。一時は大ムーブになった中国人による「出産ツアー」は、いまもなおカリフォルニア州を中心に行われているからだ。これは、「出産ツーリズム」と呼ばれ、中国人ばかりか、ロシア人、韓国人、そして、人数こそ少ないが日本人も参加している。
 たとえば、2016年をピークに激増した中国人による「サイパン出産ツアー」はすさまじいものがあった。サイパンでは、2009年から中国人に対してビザが不要になった。すると、それまで年に数件しかなかった中国人旅行者による出産が急増したのである。2010年から毎月3、4件を数えるようになり、2012年になると、なんと年間200件に達した。そうして、2015年には年間300件を超え、2016年にはなんと年間400件を超えたのだ。これは、サイパンでは、ほぼ毎日、中国人の赤ちゃんが生まれるようになったことを示している。
 サイパンはアメリカの自治領なので、アメリカ本土と同じ法律が適用される。したがって、これらの中国人の子どもたちは自動的にアメリカ国籍の保有者となった。
 もちろん、サイパンに来た中国人たちは富裕層である。ただ、アメリカ本土に行くより圧倒的に費用が安いため、経済発展によって台頭して来たニューリッチ層も含まれていた。これらの層を狙って、斡旋業者が入り、「出産ツアー」を企画し、宿泊先、出産病院を手配するようになった。
 出産ツアーの参加費は、安いもので3万ドル、現地の滞在先、病院、サポート体制などによっては5万ドルぐらいが相場とされた。

本当の「中国の夢」はアメリカ人になること

 最近、「中国の夢」という言葉をよく聞くと思う。これは政治用語としては、中国が建国100年の2049年に、世界一の大国に再び返り咲くことを言う。それを目指して、いまの北京(習近平体制)は、「一帯一路」を進めている。
 しかし、一般レベルで言う「中国の夢」とは、そんな話ではない。成功して中国を脱出し、「アメリカ人になること」が、本当の「中国の夢」である。
 中国人たちは、これまでを振り返れば、ほとんどがこう行動してきている。つまり、出産ツアーは子どもにアメリカ国籍をもらうことだけが目的ではない。親である自分たちもアメリカ人になろうとしているのだ。
 アメリカで生まれた中国人の子どもは21歳になると、親に対して、アメリカの「永住権」(グリーンカード)を申請できる。そうして、これが認められれば、親にも永住権が認められる。もちろん、永住権が認められるには、子どもがアメリカ国籍だけではダメで、それなりの資産が必要だが、富裕層なら問題ない。こうして、一家がアメリカ人になった中国人ファミリーは、カリフォルニア州やオレゴン州には数多く存在する。
 中国人の「出産ツーリズム」の激増は、サイパンばかりかカリフォルニア州でも問題になり、アメリカ移民税関捜査局(ICE)は、2015年に業者の摘発に乗り出した。そのため、ツアーはいったん下火になったものの、いまも続いている。
(つづく)


【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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