UPUからの離脱表明とチャイナプレミアム
大統領はどうでもいいとして、アメリカ政府は、次に来る「金融&通貨」戦争に対して、布石を打ちつつある。
その1つが、10月17日にホワイトハウスが発表したUPU(万国郵便連合)からの離脱宣言だ。
アメリカの主張は、国際郵便の料金などを定めた現行の規則では中国企業が極めて有利で不公平だということ。この規則を利用し、中国は輸出品を小口貨物に分けて大量発送している。つまり、アメリカ国内の配達に関しては、ほぼフリーライダー(タダ乗り)しているというのである。
したがって、アメリカは今後、条約の見直しを求めて交渉し、1年程度で合意できなければ脱退するとしたのだった。
このような布石打ちが進んでいくと、次に考えられるのが、金融戦争の口火となる「チャイナプレミアム」の導入だ。中国からの資金調達に2%程度の「プレミアム」(加算金利)をつけることを、アメリカの銀行に求めることになるだろう。
すでに、人民元安が進み、「キャピタルフライト」(資本逃避)も起こり始めている。これまで、中国企業は世界中で爆弾投資を重ねてきたが、それがアダとなって債務が膨らむ一方になっている。中国保険大手の安邦保険集団は巨額債務を抱えたあげく、今年2月に中国政府の管理下に入っている。
貿易戦争が激化すれば、こういう中国企業が増えていくだろう。そうなると、チャイナプレミアムは現実化する。じつは、日本企業もバブル崩壊後に同様な罠にはまり、日本の銀行の資金調達に「ジャパンプレミアム」が課せられたことがある。
世界の金融はドルで成り立っている。世界の債権の約60%はドル建てであり、これが意味するところは、単縦な話、ドルで借りたものはドルで返さなければならないということだ。つまり、各国の金融機関にとって、ドルの入手にコストがかかるということは、やがて破綻しかねないことを意味する。
在米資産の凍結とドルの取引の停止
ドルの支配者であるアメリカには、さらに強力な武器がある。それは、中国企業と個人がアメリカに持つ資産の凍結とドル取引の停止だ。これは、「経済制裁」であり、11月に発動されたイランへの経済制裁と同様の強硬措置だが、これをやらないとすることは、中国が強硬姿勢を貫く限りにおいては考えられない。
たとえば、かつてフランスのBNPパリバ銀行は、アメリカの制裁対象国と違法な取引を行ったとされ、米当局に対し89億7000万ドルの罰金を支払うことと、1年間のドル取引の停止で合意して、大損害を発生させている。中国の大手銀行が、同様の措置を講じられることは十分にあるだろう。
とくに、在米資産凍結となると、中国政府の幹部たちは悲鳴を上げる。彼らの多くは、海外に隠し資産を持っているからだ。
こうして、金融戦争は最終的に通貨そのものに行き着き、ここで人民元の強制切り上げ(第2のプラザ合意)が行われて、中国の敗戦が確定する。
1985年の「プラザ合意」により、日本が敗戦したことと同じである。その後、日本経済は空前のバブルに突入し、その後のバブル崩壊によって壊滅状態になった。
その後遺症はいまも続いている。
第2のプラザ合意か第2のカルタゴか?
通貨は貿易戦争においては、強力な武器になる。なぜなら、相手から報復関税をかけられた場合、自国通貨を安くしてしまえば、その効果を削ぐことができるからだ。
実際、中国は、アメリカとの貿易戦争が始まった当初、これをやった。
人民元の価値を対ドルで約9%下落させて、輸出品の相対価格を安くし、関税分を相殺したのだ。中国はいまもなおドルペッグの固定相場制を敷いており、意図的にこれができる。
しかし、これにはリスクがある。人民元があまりに下落すれば、必ずキャピタルフライトが起こるからだ。したがって、現在のところ、中国政府は1ドル=7元のラインで人民元の価値低下を留めている。
これまで中国は、アメリカのドル支配から必死に抜け出そうとしてきた。「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)や「新開発銀行」(BRICS銀行)の創設を主導し、「一帯一路」により、人民元経済圏をつくることを試みている。
しかし、それは最終的に、前記した「第2のプラザ合意」を呼び込む。北京の共産党政権の維持と、アメリカの貿易赤字解消・知的財産保護を同時に達成するにはこれしかないからだ。これにより、中国のアメリカの覇権に対する挑戦は終わることになる。
「第2のプラザ合意」を具体的に言うと、人民元の大幅な切り上げである。1ドル=3元まである切り上げである。
そうなれば、輸出が経済の大黒柱である中国は「輸入増加、輸出減少」となり、国内景気は大幅に落ち込む。そのため、国内景気の喚起のため、大幅な金融緩和と財政拡大を行い、公共投資を増やすことになる。こうなると、バブルを招き、最終的には日本と同じように崩壊する。
ちなみに、日本企業は、これまで中国に生産拠点を築いてコストカットを行ってきた。しかし、人民元高になればそのメリットは消滅するので、中国からの大撤退が始まるだろう。
以上が今後考えられるシナリオだが、どの戦いがいつ始まるかは予測がつかない。ただ、こういう流れを想定して2019年に臨んでいくべきだと思う。
ただし、こうした敗戦プロセスを中国が受け入れないとしたら、なにが起こるかはわからない。実際の戦争まで発展することがないとはいえない。
いずれにしても、いま、アメリカはあらゆる手段を通じて中国の覇権挑戦を阻止しようとしている。これは、“変人”トランプの個人意思ではなく、政権中枢および共和党と民主党がともに合意して形成した国家意思である。
古代ローマ帝国が、地中海の覇権を狙った勢力を徹底して阻止したことと同じだ。ポエニ戦争を例にとれば、この戦争はカルタゴが滅亡するまで終わらなかった。
(了)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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