「痛い!痛い!」
突然だった。みるみる腫れ上がってくる顔の左側半分。ズキズキと激しい痛み。そして高熱。その夜はほとんど眠れずに朝を迎えた。
「うぅぅ~、どうしてぇ?」
洗面所の鏡に映るのはパンパンに腫れた顔。
「しかも今日から連休だし…」
カレンダーには赤い数字が無情に並ぶ。いつのまに日本はこれほど休日が増えたのだろう。それも医者が一斉に休むってどういうこと? しかも、よりによって母の入院まであと5日という大切なときに…。
“What a hell!“
帰国後1ヶ月、ぼくはダウンした。高熱と酷い痛みにうなされ続けた。どうやら虫歯と風邪が同時に発病したようだ。溜まっていた疲れとストレスが負担になったということは容易に知れた。ただでさえ慣れない日本生活の再スタート。そんな中でいきなり母の乳がん治療。自分のこと、母のこと、考えること、やることがありすぎて夜もろくに眠られず、過ぎていく毎日は気の休まる時がなかった。そして待ちに待った連休が終わると、予約もないままとにかく朝一に歯医者へ飛んで行った。
「こりゃ痛かったろう」
診察が始まると優しく微笑んでくれた先生の笑顔に嬉し涙が溢れそうになった。
「昔の虫歯が悪くなってるね」
とにかく助かった。同時に風邪の熱も下がり何とか危機を乗り越えることができた。日がもう少しズレていれば、母の入院、手術の時に熱で寝込んでいるという羽目になりかねなかったと思うと冷や汗ものだった。これも運が良いと受け取るべきなのだろうか?
「あーいい部屋だね、景色いいわぁ」
10階の病室はまだ新しそうな感じがした。大きな窓の横のベッドに腰掛けた母はなかなかの上機嫌。
「入院なんて初めてだからねえ」
病室というのがどういうところかよく知らない母は興味津々。新しく落ち着いた感じの部屋にちょっとした旅行気分みたいになっているようだった。
「ホテルじゃないんだから」
聞こえているのか、母は明るい水色のパジャマを袋から取り出して着替えた。
「よく似合ってるじゃん」
「そう?」
近所のスーパーで選んだ可愛らしい動物の絵がいっぱいのパジャマはちょっと子どもっぽい感じではあったが、これくらいのものが似合うような頃合いの歳になったということだ。うん、我ながらGood choice。
「あっちが東かなぁ」
水色のパジャマ姿が窓の景色を無心に眺める。それに晴れ空の白い雲と、穏やかな日差しと、静かで平和で暖かな時間。今はそれだけが目の前にある。
つづく
Jay
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理シェフなどの経験を活かし「食と健康の未来」を追求しながら「食と文化のつながり」を探求する。2018年にニューヨークから日本へ拠点を移す。