日本の薬剤師・薬学博士で、現在はコロンビア大学博士研究員の樋口聖先生による「米国市販薬(OTC)講座」。胃腸薬や鎮痛剤など、毎回テーマを絞り、OTCの種類や、安全な選び方を教わる。先生自身、在米3年が経っても米国のOTCには驚かされることもしばしばだという。「一緒にファーマシーを紙面探訪して、賢い消費者になりましょう!」
第17回 新春特別編 大麻についてお話ししましょう
ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事は昨年12月、娯楽用大麻の合法化を2019年の最優先課題にすると表明しました。日本で、大麻が体に与える影響と医療応用への可能性を研究していたひぐち先生に、大麻がどのように人体に影響を及ぼすのか、また、娯楽用大麻が解禁になったとき注意したい点を聞きました。
陶酔感や多幸感の秘密
Q 医療用大麻は、ニューヨーク州を含む33の州とワシントンDCで合法ですが、大麻を吸引すると、痛みが和らいだり、リラックスしたりする=気持ちが良くなる=のはなぜですか?
A 人間の脳内には大麻に含まれる物質、カンナビノイド(Cannabinoid)が結合する受容体、「カンナビノイド(CB)受容体」があり、カンナビノイドがこの受容体に付着すると、陶酔感や多幸感をもたらします。たばこが脳内のニコチン受容体にくっついて快楽物質(ドパーミン)を放出し、リラックスするのと似ています。たばこには依存性がありますが、動物実験において「大麻には依存性はない」といわれています。
カンナビノイド受容体には脳内全般にわたって見られるCB1受容体と、主に免疫系細胞に見られるCB2受容体があり体でさまざまな働きをしています。カンナビノイドには、人間の体内では生成できない「外因性カンナビノイド」と体内でも生成できる「内因性カンナビノイド」の2種類があり、それぞれ体に与える影響が異なります。
「内因性」は食欲や嗜好に関係
Q 内因性カンナビノイドとはどのようなものですか?
A 正確には体の中でつくられるカンナビノイドです。1990年代にアナンダミドと呼ばれる内因性カンナビノイドが体の中で作られていることが明らかになりました。サンスクリット語で「喜びや歓喜」を意味するアーナンダという言葉を由来にして名付けられました。その後、2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)と呼ばれる内因性カンナビノイドも発見されます。
内因性カンナビノイドは脂質から合成されるので、ミルクやチョコレート、牛乳、肉類にも含まれています。また、赤ちゃんが母乳を介して摂取していることも知られています。これらの内因性カンナビノイドは脳内で食欲や感情、記憶を調節したり、末梢では免疫を調節していることが研究で明らかになり、急速に医療応用への期待が高まりました。
Q 牛乳を飲むとホッとして、チョコレートを食べると幸せな気分になって、ときどき無性に「肉が食べたい〜!」となるのはそのせいでしょうか?
A 内因性カンナビノイドは食欲や嗜好性に関与しているので、私たちの気持ちに関与していることは間違いありません。ネズミを使用した私の研究では、脂っぽいものをたくさん食べると脳内で内因性カンナビノイドが増加し、脂っぽいものを食べたいという気持ちに関与していることを明らかにしています。逆にカンナビノイドの作用を止めると食欲がなくなったりうつになることが実験動物でも人でも知られています。
実際にカンナビノイドの作用を止める薬が肥満薬として使用されたこともあります。この薬は肥満を大きく改善し新規の薬として脚光を浴びましたが、副作用でうつや自殺企図が確認されたため現在は使用されていません。
作用が強い「外因性」
Q 外因性カンナビノイドとはどのようなものですか?
A 私たちの体では合成できないカンナビノイドの総称です。大麻草に含まれるテトラヒドロカンナビノール(THC)やカンナビジオール(CBD)、もしくは化学的に合成されCB受容体に作用する物質を外因性カンナビノイドと呼びます。娯楽用大麻は大部分が外因性カンナビノイドだといえます。
一般的に外因性カンナビノイドはとても作用が強く、動物実験や人でも内因性カンナビノイドにはない作用が確認されています。特に動物ではTHCを投与するとカタレプシーと呼ばれる無気力な状態になったり、逆に狂暴になる場合があります。
大麻草に含まれる外因性カンナビノイドの種類や含有量は大麻草の部位や収穫時期で大きく異なります。精製方法などにも大きく影響を受けるだけでなく、大麻草にはまだ未知の成分が含まれている可能性もあり人体への影響は不明な点も多いです。したがって、合成カンナビノイドで気分を調節することは難しく、娯楽用大麻の使用には注意が必要です。
大麻とOTC薬のこれから
Q カンナビノイドを含むOTC薬はありますか?
A ないです。カンナビノイドは精神作用と切り離せない化学物質であること、薬としての有効性が副作用を上回ったものでなければOTCや医療用医薬品として成立しないこと、この2つが理由です。一方で、オピオイド系処方薬(オキシコドンなど)の過剰摂取死が近年社会問題化していることから、依存性が比較的低く、過剰摂取の危険性がほとんどない大麻がオピオイド系処方薬に代わる選択肢となるのではと期待する声もあります。事実、娯楽用大麻を解禁した州ではメディケイドのオピオイド系処方薬への支出が激減したとの報告もあります。
それでも私が心配なのは青少年に与える影響が少なからずあると考えるからです。たばこから大麻、大麻からより刺激の強い、ヘロインなどケミカル系のドラッグに移行しやすいとの指摘から、大麻は「ゲートウェードラッグ」とも呼ばれています。子どもが大麻を常習的に吸っていないか、お小遣いのほとんどを大麻の購入に費やしていないか、大麻を吸うことが日常生活の優先事項になっていないか、親御さんは十分注意して観察してください。
ありがとうございました。来月はスポーツの公式戦に出場する前に飲んではいけないOTC薬について勉強します。お楽しみに。
※ 今月は都合により第4金曜号に掲載いたしました。
樋口聖 Sei Higuchi, Ph.D.
博士(薬学)、薬剤師(日本の免許)。城西大学大学院・薬学研究科修士課程修了、福岡大学大学院・薬学研究科博士課程修了後、京都大学医学部博士研究員。2015年からコロンビア大学博士研究員として、糖尿病の研究に従事。