日本の薬剤師・薬学博士で、現在はコロンビア大学博士研究員の樋口聖先生による「米国市販薬(OTC)講座」。胃腸薬や鎮痛剤など、毎回テーマを絞り、OTCの種類や、安全な選び方を教わる。先生自身、在米3年が経っても米国のOTCには驚かされることもしばしばだという。「一緒にファーマシーを紙面探訪して、賢い消費者になりましょう!」
第18回 禁止薬物と要注意のOTC〜前編 気をつけよう、「うっかり」ドーピング
ドーピングとはスポーツの競技力を高めるために薬物を使用したり、それらの使用を隠蔽したりする違反行為。ドーピングと聞くとステロイド剤などを思い浮かべますが、OTCにも禁止物質が含まれています。今月は日本ライフセービング協会所属の薬剤師、錦織功延さん監修の下、禁止物質と、「うっかり」ドーピングを防ぐために知っておきたい日米のOTCについて紹介します。
禁止物質
世界アンチ・ドーピング機構(WADA)は、禁止物質と禁止方法の基準を毎年1月1日に発表し、12月31日まで有効としています。基準は毎年更新されるため、常に最新版を確認してください。
禁止物質は、①常に禁止の物質 ②競技会で禁止される物質 ③特定の競技において禁止の物質の3つに分けられます。
①は、蛋白同化男性化ステロイドを含む蛋白同化薬、ペプチドホルモン、成長因子、関連物質および模倣物質、ベータ作用薬、ホルモン調整薬および代謝調整薬、利尿薬および隠蔽薬で、その種類は多岐にわたります。②は、興奮薬、麻薬(フェンタニル、メサドン、モルヒネ、オキシコドンなど)、天然カンナビノイド(大麻、THC)、糖質コルチコイド(経口、静脈内、筋肉内または経直腸使用)です。③は、ベータ遮断薬で、アーチェリー、自動車、ビリヤード、ダーツ、ゴルフ、射撃、スキーおよびスノーボード、水中スポーツに適用されます。
禁止物質を含む米国のOTCと薬物
プソイドエフェドリン
米国では、禁止物質プソイドエフェドリンを含む薬と、将来、禁止物質になる可能性がある監視物質(注)フェニレフリンを含むOTCがいろいろなブランド名で販売されています(本コラムの第3回・風邪薬編で紹介)。これらは血管を収縮させることで鼻づまりを緩和する薬ですが、プソイドエフェドリンの方がフェニレフリンよりもはるかに作用が強力です。プソイドエフェドリンは一般に「シューダフェッド(Sudafed)」の商品名で知られています。OTCとはいえ効き目が強力であること、依存症になる可能性があること、覚せい剤の原料にされる恐れがあることから購入方法が規制されています。
プソイドエフェドリンなどの興奮剤は、競技会での集中力やパフォーマンスを向上させ、通常なら考えられないほどの能力を発揮させます。大量に摂取した場合は心臓に負荷をかけるため、心臓発作の引き金となる可能性があります。ただし、決められた用法用量であれば、通常はそのような発作は起こりにくいです。
カンナビノイド(大麻)
前回の「新春特別編」で解説しましたが、禁止物質となるのはもちろん、私たちの体では合成できない「外因性カンナビノイド」です。大麻草に含まれるテトラヒドロカンナビノール(THC)などが禁止物質に指定されています。大麻にはTHC以外にもさまざまなカンナビノイドが含まれており、多くがドーピングに引っかかります。
カンナビノイドなどの薬物は、末期がん患者などの痛み緩和治療に使用されていることからも分かるように痛覚を低下させ、多幸感を引き起こします。格闘技であれば痛みを感じずに競技を続けられるので、体が発信するSOSを無視し、修復不可能の状態まで闘い続けてしまうなど、危険な状態に陥る可能性があります。
注:監視物質がドーピング検査で検出されても陽性反応とはなりませんが、監視物質も毎年更新され、なかには禁止物質に変更される物質もあります。
※次回は禁止物質を含む日本のOTCについて解説します。
樋口聖 Sei Higuchi, Ph.D.
博士(薬学)、薬剤師(日本の免許)。城西大学大学院・薬学研究科修士課程修了、福岡大学大学院・薬学研究科博士課程修了後、京都大学医学部博士研究員。2015年からコロンビア大学博士研究員として、糖尿病の研究に従事。
錦織功延 Kousuke Nishikiori
薬剤師、スポーツファーマシスト、NRサプリメントアドバイザー。2012年から15年まで国立スポーツ科学センターで、オリンピックおよびパラリンピック選手をサポート。現在は、ライフセービング、アメリカンフットボール日本代表のドーピング対策に携わる。