連載203 山田順の「週刊:未来地図」 なぜアリアナ・グランデは「七輪」で叩かれたのか?(下) 理解し難い「文化盗用」という罪

批判の根底にある「文化の盗用」とはなにか?

アメリカでは、近年、「文化の盗用」(cultural appropriation)が、問題視されるようになった。今回のアリアナ「七輪」騒動も、この問題をはらんでいた。
 SNSでの批判者の1人は、「これはタトゥーだけの話じゃない! あなたは日本の文化盗用をずっと続けてきた。(中略)日本文化は物販商品やCDジャケットにできる飾りではないのよ!」などとツイートしていたからだ。要するに、その国の文化を理解してもいないのに、ビジネスなどに使うなというのだ。
 しかし、単に日本語の使い方を間違えただけで、「文化の盗用」などと批判できるものなのだろうか?
 最近の事例を見ていくと、「文化の盗用」というのは、その文化とまったく関係ない人間が、たとえばその国の文化の象徴である民族衣装などを着るようなことを言うようだ。日本の場合は「着物」(キモノ)がこれに当たる。2014年にオーストラリア人モデルのミランダ・カーが雑誌ヴォーグの表紙で、キモノ(らしき)を着たゲイシャ姿を披露したときは、「文化の盗用」だと批判された。
 どうやら、その文化に精通していない人間が、ファッションとして文化を扱ってはいけないということらしい。だから、言語や文字も同じなのだろう。しかし、どんな経緯にせよ、日本人は外国人が日本語を使ったり、着物をきてくれたりしたら喜ぶ。とすれば、文化盗用というのは、ほとんど欧米人の文化的優越感から出発しているように思える。文化にはマジョリティもマイノリティもないが、自分たちがマジョリティだと思っている人々が「文化盗用」などと言って、マイノリティだと思っている文化を保護することを、自分たちの“使命”だと感じているようだ。

大坂なおみの「ホワイトウォッシュ」騒動

  「文化の盗用」批判と同じようなものに、「ホワイトウォッシュ(whitewash)」がある。
 つい先日、テニスの大坂なおみ選手が登場する日清食品のアニメCMが、この問題で放映中止に追い込まれた。このアニメでは、大坂なおみ選手が自身の肌の色より白く描かれていた。これは「多様性」(ダイバーシティ:diversity)を尊重し、人種差別をなくすという観点からは「許されない行為」だというのだ。
 ホワイトウォッシュには2つの意味があるという。1つは、「うわべを飾る」こと。文字どおりの意味である。もう1つは、「白人化する、白人に媚びる、白人を喜ばせる」といった、人種差別につながりそうな意味で、こちらは辞書には出ていない。大坂なおみ選手のケースはもちろん後者であり、じつは、これはハリウッド映画ではよく行われている。
 たとえば昨年、日本の人気SF漫画でありアニメ化された「攻殻機動隊」が、「ゴースト・イン・ザ・シェル(Ghost in the Shell)」というタイトルで実写版になった。主人公は、草薙素子でもちろん日本人だが、ハリウッドは、彼女をミラ・キリアンと改名して、白人女優スカーレット・ヨハンソンに演じさせたのだ。主役が彼女に決まったとき、日本側は「よかった」と大歓迎したが、アメリカは違った。原作では非白人であった人物を白人そのものの姿で演じさせることはホワイトウォッシュであると、メディアは批判したのである。
 これと同じ例は数多くある。「ハンガー・ゲーム(The Hunger Games)」シリーズ、「クラウド・アトラス(Cloud Atlas)」、「ドクター・ストレンジ (Doctor Strange)」などだ。ただ、そこまで原作を守り、ホワイトウォッシュをしてはいけないというのは、厳格すぎるのではないかと思う。大昔のテレビドラマを知っている世代としては、違和感を感じる。私が子どものころ、アメリカ人の役は日本人俳優が金髪のカツラとメークで演じていた。あれこそ、ホワイトウォッシュではないかと思う。また、宝塚歌劇はどうしたらいいのか? 

恥ずかしい英語製品とトンデモ漢字Tシャツ

 ここで、アリアナの「七輪」騒動に戻るが、「七輪」を外国人に説明するのは難しい。なにしろ、「バーベキューコンロ」などと言っても、それでは違うモノを想像してしまう。あれは日本独特のコンロで、秋刀魚を焼いたりする。それは、バーベキューとはまったく違うものだ。そう考えると、人種差別的な面にふれない限り、言葉もモノも「文化の盗用」などと大げさに目くじらを立てないで、もっとうまく活用していいのではないかと思う。
 日本の街には、英語的には通じない英語の看板や標識があふれている。また、アルファベットを「横文字」と呼び、単にカッコイイということでデザインとして扱っているモノは数多い。Tシャツにいたっては、そういう例が多い。あるレストランで、見習いの調理人がみな「I’m a COCK」というTシャツを着ていたのを見たときは、「大丈夫?」と本気で思ったことがある。さらに、日本には恥ずかしい英語名の製品もある。たとえば、コーヒーパウダーの「Creep」(キモい)、スポーツドリンクの「Pocari Sweat」(汗臭い液体)、清涼飲料の「Calpis」(牛の尿)など。
 この逆で、近年、アメリカなどでとく増殖中なのが、日本語(漢字)をカッコイイとしてデザインしたTシャツだ。日本文化を知らないアメリカ人は、どうやら字画が多い漢字をカッコイイと思うらしい。
 ニューヨークやロスで、「冷蔵庫」「四面楚歌」「痔」「幕府」などと大きな字で書かれたTシャツを見たときはびっくりしたものだ。しかし、近年はもう驚かなくなった。
 そこで思うが、アリアナ・グランデは、こういうTシャツを着ている人間とは違い、日本語を習い、日本語の文章を書いてみたり、「日本に住んでみたい」と発言したりと、本当に日本が好きである。このような人間を「文化盗用」で批判するのは、筋違いではないかと思うが、どうだろうか?
(了)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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