連載204 山田順の「週刊:未来地図」円は本当に「安全資産」なのか? (上) 為替から考えると世界経済の危機は迫っている

 昨年の10月以来、世界の株価と為替の相場は大きな変動を繰り返している。NYダウも日経平均も一時は暴落し、その後反発、以後これを繰り返している。それに伴い、円ドルの為替相場も揺れ動いている。近年は、株価が下がると円高になるので、そういったときはきまって「安全資産である円が買われた」と報道される。しかし、本当に円は「安全資産」なのだろうか? そもそも、為替変動はなぜ起こるのだろうか? 今回は、為替から今後の世界経済、日本経済を考えてみる。

プロの金融マンに聞いた今後の為替動向

 現在のニューヨーク株価は、昨年10月3日に付けた市場最高値2万6828ドルを取り戻せるような状況になっていない。このところ2万5000ドル台をうろうろしているだけだ。同じく日経平均も、昨年9月28日に付けたバブル崩壊後最高値2万4286円からは大きく後退して、2万円台をキープするのがやっとという状況になっている。
 この間、ドル円相場もかなり動いた。株価が下がると円高になるという「株安円高」法則どおりに、今年の1月3日には一時107円台を付けた。ただ、その後は円安トレンドに転換し、2月11日現在では110円台に戻している。
 正月明け、円が108円台だったとき、私は知人のファンドマネージャーとメガバンクの為替担当者と会って、「この先ドル円はどうなるのか?」と聞いた。すると返ってきた答えは、2人とも同じ。「円高傾向は続く」だった。
 メガバンクの為替担当者は、「株価が持ち直さない限り、円高になっていきますよ。毎年3月ごろは企業決算もあって、円が大量に買われるので、それもあって円高になります。銀行は企業に『円転』(ドルから円への転換)を勧めるんです。だからおそらく、今年も105円は付けるでしょう」と言った。
 たしかに、このところ年初から年央にかけては円高、年央から年末にかけては円安という年が続いている。昨年も、3月には104円という昨年の最高値を付けている。ただ、それ以後は株価の上昇とともに円安に向かい、10月3日には114円を付けている。そこで、私は彼らに聞いた。
 「株が上がると円安、下がると円高が進む。そして、円高になるたびにメディアは、『安全資産である円が買われた』と言うが、みなさんは本当に円を安全資産と思っているのか?」
答えは書くまでもない。「ノー」である。

メディアは嘘の理屈で読者をバカにしている

 円が「安全資産」であるわけがない。なのにメディアはこのいわば慣用句と化した表現を多用する。それは、はっきり言うと、読者をバカにしているからだ。読者は金融知識など持っていない。だから、こう言っておけばいいと安易に考えている。ただ、記事を書く記者自身が「安全資産」という意味を知らない場合もある。
 大きな視点からいえば、通貨はその国の「国力」を反映する。経済力、軍事力、政治力などを合わせた国力の裏付けがなければ、安全資産などとはとてもいえない。その意味で、現在の世界の通貨で安全資産といえるのは、「基軸通貨」(key currency)のドルだけである。
 円の場合はリスクが大きすぎる。世界で3番目のGDPはあっても1100兆円という膨大な財政赤字をかかえ、少子高齢化によって経済低迷は続き、そのうえ、中国や韓半島との歴史的な紛争を抱えている。そんな国の通貨を、「安全」だとして持つ投資家はいない。それをわかっていながら、メディアは次の単純な理屈を読者は信じると考えている。
 世界的な経済危機が起こる(たとえばリーマンショックなど) → 投資家心理が悪化する → 株や新興国通貨などのリスク資産が売られる → 相対的に安全資産とされる円が買われる。
 よくよく考えてほしい。世界的な経済混乱が起こったとき、円を買っておけば安心だと考える人間がいるだろうか? むしろ、経済混乱が大きれば大きいほど、日本経済はその影響をもろに受ける。企業業績が為替の変動や原油価格の変動に大きく左右されるというのが日本経済なのである。エネルギーも食料も海外に依存しているこの国の通貨を、簡単に安全資産と呼ぶのは、どう見ても間違っている。

日本株買いのリスクヘッジとして円の売買

 では、なぜ、円が買われて「円高」になるときがあるのだろうか? これは、次の3つのことが起こるからだ。

(1)日本の投資家が海外投資を手仕舞いして円に戻す。日本企業が海外で稼いだドルを円転する。
(2)海外投資家が円キャリートレードを解消して円に戻す。円キャリートレードでは、金利がほぼ付かない円で借金し、この円をドルなどの海外通貨に換えて投資する。しかし、リスクオフの局面になるとこの反対が起こり、低金利の円を買い戻して円建ての借金を返済する。
(3)海外投資家の日本株投資のヘッジ解消により円が買われる。海外投資家は、為替リスクをゼロにするため、株投資と同額の円をドルで買ってヘッジする。そうして、株価が下落すると、下落分のドルが余ってしまうので、今度は円を買うことになる。これで円高が進む。

 2011年の東日本大震災では、震災後の月曜日に海外勢は一気に株式を売却し、日経平均は600円以上暴落した。しかし、それと同時に円を買い戻したので円高が進んだ。大災害があった国の通貨が買われるというのは不思議だが、これが先物を通したヘッジ取引であり、現在でもこれが行われている。
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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