サステナブル日本食の伝道師 完全養殖マグロ販売
マンハッタン区グランドセントラル駅近くを拠点に、日本のマグロを販売している。自信を持って売り出すのは、卵から成魚に育てた「完全養殖マグロ」。天然の稚魚を捕獲して育てる「畜養マグロ」と違うのは、養殖したマグロが産卵した卵を人工ふ化させて育てるため、天然資源を損なわないこと。生存率が低いため飼育が難しく、畜養マグロに比べ倍以上の価格になる高級食材だ。
大手商社の駐在員としてニューヨークに派遣された3年前から、この「夢の技術」を使ったマグロの販路開拓を担当。日本料理店や高級レストランへの販売を進める中で、「このマグロの価値が徐々に認められ始めている」と手応えを感じている。乱獲により資源量が減少する中、持続可能(サステナブル)な食材というコンセプトが受け入れられるそうだ。
約20年前に商社に就職し、約10年前から水産品の輸出入に携わってきた。日本の食品を海外に紹介したいという思いを初めて抱いたのは大学生時代。オーストラリアで1年間過ごしたときに日本食レストランで働き、それまで自身も食べたことのなかった「土瓶蒸し」を提供した。海外で日本食への関心の高さに驚いたと同時に感じた、「もっと幅広く日本の食材を世界の人に楽しんでもらいたい」という思いが根底にある。
ニューヨーク駐在の直前、「和食を通じて、平和をつくる」をコンセプトに日本食を世界に広める非営利団体「ピースキッチン」の一員として、イタリア・ミラノで開かれた万博での日本食イベントに参加した。「欧米人は黒い食品を嫌う」との先入観とは裏腹に、イベントで一番人気だったのが海苔おにぎりだったことに驚いたという。ニューヨークでは子どものおやつにも人気だという海苔。「無限の可能性を感じた」と期待をふくらませる。
ニューヨークに住んで気付いたのは外食の値段の高さだ。言い換えれば「品質の良いものには相応の対価を支払う」ということ。これは完全養殖マグロ販売にもってこいの文化だ。品質を十分に評価されれば、「どんな人も成功するチャンスが狙える」。こうした競争力の高さもニューヨークの魅力だと感じている。
自宅があるのはウエストチェスター郡。都会の喧騒とはうってかわって、自然に囲まれながら小学生の子ども2人と過ごす時間も大切だ。一度始めたら没頭する性格で、3年前に子どもの付き添いで始めた空手も、「今では私の方がハマっている」と笑う。社会人になってから1年の留学でマスターした中国語も、 独学で2年勉強して取得した米国公認会計士の資格も、「レールにはまった人生は嫌だ」という「危機感」があったから打ち込んでつかみ取れた。
完全養殖マグロの販売にかける思いの熱さも同じだ。コンセプトを完全に理解してもらおうと、SNS向けのショートビデオを制作している。「これまでの営業方法の枠を超えて、ミレニアル世代にもアプローチしたい」と意気込む。
日本食の魅力は「素材本来の味を大切にしているところ」。マグロ販売を起点に、日本食の良さをもっと多くの人に知ってほしい。ニューヨークに来て強くなったこの思いを胸に、ライフワークとして続けていくつもりだ。