連載205 山田順の「週刊:未来地図」 円は本当に「安全資産」なのか? (中) 為替から考えると世界経済の危機は迫っている

円を担保するのは外貨準備と対外純資産

 というわけで、円はメディアが言うような安全資産ではないので、この先、日本経済がさらに低迷していき、財政赤字が拡大を続けると、通貨として信用を失う可能性がある。海外投資家が円を買うのは、円が「国際通貨」(world currency)であり、いずれ買った円を売ってドルに戻せるからだ。もし、日本経済の力が衰え、円の買い手が少なくなると思えば、円キャリートレードや円でヘッジした日本株投資などしなくなる。
 ただし、現在のところ、日本には巨額の「外貨準備高」(foreign currency reserves)がある。その額は中国に次いで世界第2位の1兆2593億ドル(2018年8月現在)。これは、大幅な円安に振れてもドルを売って円を買い支える余力があるということで、これが、現在の円の信用を担保している。また、「対外純資産」(net external assets)が2兆9900億ドルと世界一を誇る点も、円の信用を担保している。したがって、この部分だけを見れば安全資産といってもいい。少なくとも、投資家にとってはある程度安心して取引できる通貨といえる。
 そこで、留意しておかなければいけないのは、為替投資は株投資とは違うということだろう。株の世界では、世界同時株安、全銘柄下落というような事態が起こることがある。しかし、為替取引においては、通貨は“ペア”として扱われ、どちらかが上がればどちらかが下がる。市場で、ある国の通貨が売られれば、別の国の通貨が買われる。よって、世界の全通貨が下落というようなことは起こらない。

世界はなぜ「変動相場制」になったのか?

 現在、年初の円高は解消され、じわじわと円安が進んできている。しかし、米中新冷戦の激化、中国経済の大幅減速、英国のブレグジット難航から、世界経済の先行き懸念は拭えず、円高リスクが高まっていると見る向きが多い。円高は日本の企業業績を悪化させるので、「歓迎できない」とエコノミストたちは言う。しかし、なら円ドルはいくらが望ましいのかというと、これがはっきりしない。
 政府や日銀の幹部たちは、為替が大きく動くと、「相場は安定して推移することが望ましい」と口にする。しかし、現在、為替は「変動相場制」
(floating exchange rate
system)なので、変動して当たり前、安定を望むほうが無理ではないだろうか。もし、安定を望むなら、「固定相場制」(fixed exchange rate system)に戻すほかないだろう。そこで、なぜ、変動相場制になってしまったのかを、改めて考えてみたい。
 世界が変動相場制に突入したのは、基軸通貨国アメリカが、1971年、「ニクソン・ショック」により、金(ゴールド)とドルの交換停止を宣言したからだ。ニクソン大統領は、ベトナム戦争や福祉財政の拡大などによる支出増大に充てるために、ドルの増刷を行い、それによって手持ちの金が不足する事態に陥った。
 それの打開策が、金とドルの交換停止だった。これはウルトラCというか、世界各国にとっては青天の霹靂(へきれき)で、その後、通貨の世界は大混乱に陥った。日本は、交換レートを1ドル=308円に切り上げて固定相場制を維持しようとしたあが失敗。結局、世界各国は1973年から変動相場制に移行した。
 これにより、ドルは金ではなく、アメリカの国力で担保されることになった。だから、変動相場制においては、為替の交換レートに国力の差が反映されるのだ。そしてもう1つ重要な点は、各国は、自国通貨を自由に増発できることになったことだ。金という歯止めがなくなったのだから、こうなるほかない。
 
フリードマンが唱えた変動相場制の理想

 このように、変動相場制というのは一見すると乱暴なシステムである。それなのに、なぜ、支持されたのだろうか? それは、世界覇権を持つアメリカの意向(=ドルをいくらでも増発できる)だからであり、これこそが「自由主義経済」だと主張した大物の経済学者がいたからだ。その経済学者とは、ミルトン・フリードマンである。フリードマンは、変動相場制の利点を次のように唱えた。

(1)政府の介入なしに市場での取引を通じて通貨の交換レートが決まる制度だから、自由主義市場にふさわしいメカニズムである。
(2)変動相場制になるからといって為替相場が不安定になるわけではない。為替相場自体は自由に変動できるが、それは経済政策や経済条件が落ち着いていくためであり、結果的に相場は安定的に推移する。
(3)変動相場制を導入すれば、国際収支の不均衡問題は解決する。為替レートの変動が収支を均衡に向かわせるからだ。
(4)変動相場制は、財とサービスの自由貿易を効率的に推進させる。

 しかし、フリードマンが予測したように、現実の世界経済は動いてきただろうか。フリードマンは、変動相場制は不安定な相場をもたらさないとしたが、これまで多くの通貨暴落、通貨危機が起きた。そのため、企業や金融機関は、リスクヘッジのためにさまざまな方法を用いるようになり、金融取引はよりいっそう複雑化した。さらに、為替による損益を出さないため、資金をタックスヘイブンに溜め込むようなことが促進され、各国の税制度を揺るがすようになった。
 さらに、フリードマンは、変動相場制になれば国際収支は均衡するとしたが、実際にはアメリカ自身が多額の経常赤字を計上し続けて国際収支の不均衡は拡大した。その結果、1980年代には日本との貿易戦争が起こり、日本は経済敗戦に追い込まれた。そしていま、トランプ大統領は中国を第1ターゲットに、貿易戦争を始めてしまった。  
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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