米国の特別教育支援のシステムは細かく分かれており選択肢の幅が広い。その代表的なものに、Integrated Co-Teaching (ICT)クラスがある。公立学校のキンダーから12年生までが受けられ支援クラスだが、学校の規模、種類、人数の関係で全ての学校に設置されているわけではなく、特別支援の生徒でICTクラスが適当であるとされた場合、同クラスのある学校へ進学することができる。
ICTクラスへの誤解
「問題行動のある子どもと一緒に学ぶのは危険ではないか」「ICTクラスに入ったら学力が落ちるのでは?」「障害のある子どもと一緒では授業のペースが乱れる」などといった否定的な意見の他、自分の子どもが入ったクラスがICTと分かると「なぜうちの子が“そんなクラス”に入れられなければならないのか?」などと怒り、中には「ICTクラスになんて入ったら、進学に不利、終わりよ」と吹聴する保護者もいる。これは日本人家庭に限らず米国人保護者との会話にもよく出てくる考えだが、全くの誤解であることをここで伝えたい。全て無理解による不安や混乱、そして障害をもつ子どもへの差別意識であると言わざるを得ない。ICTクラスは決して問題児を集めたクラスではない。一つずつ整理してみよう。
障害のある子は危険?
これは発達障害をはじめ、障害を持つことへの根強い偏見と無知からきている。「問題行動」と「障害があること」は別だ。
障害ゆえに、多動や暴力的な行動を伴う子どもは存在するが、その場合は、個人的な加配をする、専門家のセラピーを受けさせるなど子どもの状態に合わせた支援がある。
また、米国では暴力行為など他の児童・生徒に危害が及ぶ可能性があると学校側が判断した場合、その対応は迅速だ(障害の有無にかかわらず、各学校区で迷惑・禁止行動や違反行動をした際の処分規定がある=School Discipline Code は本コラム2016年3月号で紹介=www.dailysunny.com/2016/04/01/edu-13/を参照)。
多動や問題行動があっても、障害があるから「放置」という姿勢はないが、同時にそのような子どもの排除もない。一刀両断に片付けるのではなく、理解し、必要な支援を得ながら問題解決の道を探るという、保護者への気付きを深めることもICTクラスの存在意義かもしれない。
学習に不利?
ICTクラスの本来の目的は、前回述べたように、①障害のある生徒が、通常の生徒と共に学ぶことで社会性が育まれ、学習する力やコミュニケーション能力が向上する ②通常の生徒が、障害のある生徒と共に学ぶことで社会の多様性に気付き、問題解決能力が育まれ、感情的に成熟する ③障害のある生徒と通常の生徒が、学習進度を犠牲にせず高い学習能力を獲得する、の3点である。
勉強の得意不得意の差は障害のない生徒間でも普通にあることであり、ICTクラスの特別支援枠の生徒だから勉強が遅れるというのは認識違いだ。
ICTクラスに配置される特別支援の生徒は、通常クラスの生徒と共に勉強しても学習進度を犠牲にしない力がある生徒だ。ICTクラスのカリキュラムは通常クラスと変わらないので、その学年で学ぶべき内容に遅れが出ることはない。通常クラスの生徒と同じように、特別支援枠の生徒間にも勉強の得意不得意はあり、それが障害に起因する場合のサポートとして、2人担任制度になっている。これは全ての生徒にとって利益にもなる。例えば、同じ内容を30人の生徒に対して教師1人で教えるのと、15人ずつ2つのグループに分けて教師がそれぞれに付くのとでは生徒が発言する機会も、教師の目の届き方にも差がでるのは自明だ。
ICTクラスへの編入
初めて公立学校に入学し、特別支援枠ではない子どもをもつ家庭の保護者にとって、ICTクラスの存在意義の周知は少ない。誤解や無理解が生まれる土壌が学校や行政側にあるとの指摘もある。ニューヨーク市教育委員会のホームページではICTクラスを含め全ての特別支援プログラムの情報や資料を公開しているが、当事者家族以外、積極的にそれらを読む機会はほとんどない。また日本のように学齢期になると、地方自治体からさまざまな通知が届くシステムではないため、入学して自分や友人の子どもがICTクラスに入って初めて、ICTクラスの存在を知る保護者も多い。クラス編成の通達で通常枠の生徒に「これはICTクラスです」と知らせることもない。
通常枠でICTクラスに入る生徒を決める方法は、全生徒が在学中に一度はICTクラスへ入るようにする、ロールモデルになる生徒を選ぶ、無作為に編成する、など学校によりさまざまだ。無知ゆえに、わが子がICTクラスに入ったと知りクラス替えを願う保護者もいれば、ICTクラスの2人担任制の良さを知り、ICTクラスへの編入を願う通常生徒の保護者もいる。
内容は運営する学校側次第
学校は星の数ほどある。ICTクラス設置の義務は公立学校に限られているが、全ての公立学校が優秀な校長のリーダーシップの下、教育環境が整い理想的な学校運営をしているとは、残念ながらいえない。ICTクラスの名の下に問題のある生徒だけを集める学校も中にはあるだろう。しかしこれはICTクラスを運営する学校側の問題であり、ICTクラスという支援システムの問題ではない。ニューヨーク市のような、居住学区以外に選択肢がある大都市圏では毎年「学校選び」のセミナーや説明会が開催されている理由はここにある。
ICTクラスの存在意義
学校の存在意義は成績や進学だけだろうか?
「わが子には特別支援が必要な生徒とは無縁の学校生活を送ってほしい」と願う保護者もいるだろう。しかし、「ときどき大きな声を出す子どもがいる」「ちょっと変わっているが算数がダントツにできる」「いつもは静かなのにピアノの腕はプロ並み」などといった自分とは違う他者と触れ合うことを自然なこととして認識し、お互いの「個性」を受け入れることの大切さに気付かせるICTクラスに、負の要因があるとは思えない。
(文/河原その子)