2017年8月から始まった連載も今月で20回、最終回となりました。
締めくくりとして樋口先生からのメッセージをお届けします。
第20回 知識をもって正しい服用を
多岐にわたる薬の恩恵
日本では、古くは縄文時代から植物を薬として使用していたとする記述があります。また、5世紀から6世紀ごろには中国から漢方の基となる考えも伝来し、薬に対する本格的な考察が存在していました。私たちは、今ほど科学が発達していない時代から経験的に植物などを摂取し、健康の向上に努めてきましたし、近代になってからは抗生物質ペニシリンの発見により感染症から身を守ることを覚えました。さらに薬科学の発達によりこれまでは不治の病とされていたAIDSや、ある種のがんなどの難治性疾患も制御できるようになってきました。もちろん風邪や腹痛、鼻炎などの軽度な疾患は薬局でOTC薬を購入し、各自で対処できるようになりました。現在、薬は医薬品だけでなく、化粧品や食品添加物にも使用され、美容や飲食分野などで幅広く利用されています。
薬の危険性を知ろう
薬は私たちの生活に多くの恩恵をもたらす一方で、被害(薬害)も少なからずあります。本来の目的としない作用が「副作用」です。副作用によって、生まれつき異常のある子どもが生まれたり、ショックや感染症などを引き起こし、別の疾患にかかったりするなど深刻な被害が出た例がこれまでたびたび報告されています。
私は現在、コロンビア大学で肥満薬の研究をしていますが、日本の薬学大学で研究していた成分がヨーロッパで一時期、肥満薬の成分として利用され商品化されました。当時としては画期的で、肥満に悩む多くの患者を救いましたが、副作用としてうつなどの症状が現れ、自殺する患者が出ました。科学的根拠に基づいて薬が開発され、治験を経て発売されたにもかかわらず、その薬によって精神を病む人が出てくるーー薬学生だった私にとって、これほどショッキングなことはありませんでした。私達の体には分からないことが多く、科学を通してこれらの問題解決に貢献したいと思ったのが、私の科学者としての原点です。
基本的に薬は体にとって異物であるため、使い方や量を間違えると予想しない作用が現れることがあります。私が来米して間もないころ、風邪を引いて咳が止まらなかったので薬局で咳止めを購入して服用したところ、ひどい吐き気をもよおしました。あわててラベルの裏に書かれた容量を見たところ、1錠当たり日本の5倍から10倍の成分が入っていることが分かりました。
薬は使い方を間違えると毒にもなることを身をもって痛感し、科学者として読者の皆さんに注意を喚起し情報を共有したいと考えるようになりました。これが本コラムを始めたきっかけです。
複雑化する薬
医療用医薬品とされるものは現在、日本だけで約2万品目あり、海外で未承認のものや薬局で売られているものも含めると、とてつもない種類の薬があると思われます。また、以前なら処方せん(Prescription)がないと手に入らなかった薬がOTCで買えるようになってきています(Switch OTC)。逆に、処方せんが必要な薬の段階を飛び越えていきなりOTC薬となる「Direct OTC」と呼ばれるものもあります。さらに厄介なことに、製薬会社や販売元が異なるため商品名は異なるが、成分は同じといった薬もたくさんあります。「体に合わない」「効き目がない」と感じて違う商品に切り替えても、商品名で「目くらまし」をされ、同じ薬を服用してしまう可能性すらあるのです。本コラムでは、そういった誤解を防ぐために、成分名や薬の作用・副作用に重点を置いて解説しました。
求められる正しい知識と判断力
日本と比べ健康保険が十分に整備されていない米国では、自分の健康に責任を持ち、軽い体の不調は自分で手当てする「セルフメディケーション」が主流です。インターネットなどでさまざまな情報があふれる中、どれだけ正しい知識を得て判断する力を養うかが、このセルフメディケーションにおいて鍵となります。本コラムが、読者の皆さんの健康と薬に対する意識向上の一助になれたとしたら幸いです。
末尾となりましたが、読者と本コラムの執筆に際し協力していただいた方々に、心から感謝を申し上げます。長らくのご愛読、誠にありがとうございました。
*樋口先生のOTC 101 は今回で終了となりますが、興味深いトピックスが出てきたときには番外編として掲載する予定です。OTC薬について知りたいことがありましたら、氏名・連絡先・質 問内容を明記し、件名を「OTC樋口先生に質問」としてEメールで編集部までお送りください。
宛先:info@dailysunny.com
樋口聖 Sei Higuchi, Ph.D.
博士(薬学)、薬剤師(日本の免許)。城西大学大学院・薬学研究科修士課程修了、福岡大学大学院・薬学研究科博士課程修了後、京都大学医学部博士研究員。2015年からコロンビア大学博士研究員として、糖尿病の研究に従事。