連載223 山田順の「週刊:未来地図」 「MMT」と「グリーン・ニューディール」は世界を救えるのか?(上) 政府はいくらでも債務を拡大できるは本当か?

 アメリカでは、今年になってこれまでの常識をくつがえす貨幣理論「MMT」(現代貨幣理論)が政財界に論争を巻き起こしている。
 この論争に拍車をかけたのが、「グリーン・ニューディール」政策を提唱したアレクサンドラ・オカシオコルテス下院議員が、MMTを政策実現のための財源捻出の根拠としたことだ。
 MMTにしたがえば、政府はいくらでも債務を拡大でき、財政破綻しないというのだ。もし、これが本当なら、アメリカより日本にとって、まさに救国的な話となる。なぜなら、半永久的に量的緩和を続けられるからだ。実際、自民党の国会議員の一部は早くも、このMMTに便乗して財政赤字と量的緩和を正当化しようとしている。
 はたしてMMTは“魔法の杖”なのだろうか?

主流経済学者から名投資家までみな否定的

 「MMT」(Modern Monetary Theory:現代貨幣理論)は、1990年代にすでに存在していた。しかし、それは経済学の主流から見れば「異端」であり、これまでほとんど相手にされてこなかった。それが、ここにきて急に論争を巻き起こしたのは、民主党議員たちが、この理論を支持したからだ。
 とくに、最年少下院議員として民主党のスターとなったアレクサンドラ・オカシオコルテスが、「グリーン・ニューディール」政策の財源について突っ込まれたとき、MMTを持ち出したからである。
 オカシオコルテス議員が持ち出したのは、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授の理論だった。ケルトン教授は2016年アメリカ大統領選挙でサンダース民主党候補の顧問を務めたことで知られる気鋭の女性学者。MMTの主要な提唱者の1人だ。
 そのため、オカシオコルテス議員とケルトン教授は、「最強の女性タッグ」として、民主党支持者とリベラルの期待を集めた。
 しかし、MMTは、経済学のエスタブリシュメントたちによって否定され、共和党からは一笑に付された。ビジネス界からも相手にされなかった。
 プリンストン大名誉教授でノーベル賞学者のポール・クルーグマンは「理解不能」とし、ローレンス・サマーズ元財務長官でハーバード大教授も「黒魔術」(voodoo)と言い、理論としては認めなかった。FRBのジェローム・パウエル議長、著名投資家のウォーレン・バフェット氏もこぞって批判。ビル・ゲイツ元MS会長も「どうかしている」(some crazy talk)と述べた。
 また、欧州では、フランスを代表するエコンミストで国際通貨基金(IMF)のクリスティーヌ・ラガルド専務理事が、「MMTが本物の万能薬だと思っていない」と切り捨てた。日本でも、日銀の黒田東彦総裁が「極端な主張」と、感想を述べている。
 では、MMTとはいったいどんな理論なのだろうか?

財源を心配せず、いくらでも支出していい

 MMTをひと言で言うと、「財政赤字は心配するな」ということになる。MMTの日本における賛同者の1人、経済評論家の中野剛志氏は、次にように噛み砕いて解説している。

《ポイントは、こうです。日本やアメリカやイギリスのように、自国通貨を発行できる政府(正確には、政府と中央銀行)は、デフォルト(債務不履行)しない。自国通貨建ての国債は、デフォルトすることはない(アルゼンチンなど、デフォルトの事例は、外貨建て国債に関するものだけ)。だから、アメリカや日本は、財源の心配をせずに、いくらでも、好きなだけ支出ができる。ただし、財政支出を拡大し、需要超過になって、インフレになる。たった、これだけです》
(「消費増税も吹っ飛ばす破壊力。「MMT」(現代貨幣理論)の正体」BEST!TIMES、4月27日)

 いくらなんでもこれだけでは物足りないので、もう少し踏み込んでみよう。
 MMTの主張は、自国通貨を発行する政府は、予算の制約を受けることはないというもの。なぜなら、債務に対しては新たに通貨を発行して返済を行うことができるため、理論上ではデフォルト(債務不履行)のリスクがない。政府の赤字はそのほか全員の黒字を意味するからというのだ。
 さらに、政府債務を税で返済する必要すらないという。
 MMTの根幹にあるのは、「マネーとは民間銀行が貸し出しというかたちで創造する」という「信用貨幣論」。マネーとは債務のことで、金融資産と同義としている。よって、国債発行による財政拡大で政府がどんどん債務を増やせば、需要を拡大させることができるというのだ。
 ただし、マネーの価値は課税によって担保されていると主張する。そのため、インフレが亢進しそうになったら、そのときは課税すべきという。もし課税を廃止すると、需要過剰になってさらにインフレが亢進する。だから、債務を税で返済する必要はないとしても、課税は必要だというのだ。
 つまり、MMTは「無税国家」を主張しているのではない。しかし、赤字はインフレが進まない限りどこまでも許される。そんなことがありえるだろうか?

MMTに便乗して財政拡大を主張する議員

 これまでの経済学では、財政赤字は望ましくないとされてきた。政府の債務はいずれ税によって返済されなければならないとされてきた。
 例外的に財政赤字の一時的な拡大の必要性を認める経済学者はいたが、中長期的には健全財政を目指すべきだというのが、経済学の常識だった。
 ところが、「MMT」は、健全財政すら否定してしまった。
 ここで、日本の話になるが、現在、日本政府は先送りしているとはいえ、なんとか「プライマリーバランス」(基礎的財政収支)を達成しようとしている。健全財政を目指すのが財務省の方針であり、10月に予定している消費税の増税も、その最終目的は健全財政の達成である。
 しかし、「MMT」にしたがえば、消費税増税は必要なく、今後いくらでも国債が発行できるというのだから、与党議員の一部はこの理論に飛びついた。
 その1人が、自民党の西田昌司参院議員。4月4日の参院決算委員会で、「天動説から地動説に転換することがいちばん大事だ」と述べ、政府にMMTの正当性を訴えた。
 そして、4月22日、衆院第2議員会館で開かれた若手自民議員の勉強会「日本の未来を考える勉強会」は、MMT賛同者の中野剛志氏を招いた。参加メンバーたちは、MMTを党内で議論すべきこと要求した。
 しかし、先の参院決算委員会で、麻生太郎財務相は西田議員の質問に対して「常識的にはインフレが起こる」と懸念を示し、「財政規律を緩めると危険だ。日本を(MMTの)実験場にする考え方を持っているわけではない」と述べたのである。
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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