連載238 山田順の「週刊:未来地図」中国から世界の工場がなくなる日 (中) 世界経済から排除され「後進国」に転落か?

習近平が弱音吐露、新華社が「投降論」否定

 習近平は、セントピーターズバーグで開催された国際経済フォーラムに出席し、プーチンらとの座談会で、主に次のような発言した。

1、中米間にはいくつかの貿易摩擦があるが、両国はすでに“あなたのなかに私がいて、私のなかにあなたがいる”という関係であり、互いに最大の投資者、最大の貿易パートナーだ。
2、中米が完全に引き裂かれるというのは、私も想像し難い。そのような状況を私は見たくないし、われわれの米国の友人も見たくないだろう。わが友トランプ大統領も見たくないと信じている。
3、「一帯一路」は相互尊重、互恵のウィン・ウィンだ。中国は(米国に代わって)ナンバーワンになろうとは思わないし、植民計画を進めることはあり得ない。われわれが「マーシャル・プラン」(第2次世界大戦後にアメリカが実施した大規模な欧州復興支援計画)を策定することも不可能だ。

 この発言のなかの「中国はナンバーワンになろうとは思わない」は、習近平の本音なのか? だとしたら、彼は「中国の夢」(中華人民共和国誕生100年の2049年に中華民族は偉大な復興をとげて世界一の国家になる)を取り下げなければならない。
 はたして、習近平は弱音を漏らしてしまったのだろうか?この中国の新皇帝の“弱音”発言に驚いたのか、翌7日、国営通信社の新華社がニュースサイトで、対米「投降論」の排除を訴える強硬派の論評を掲載した。その内容要旨は以下の通りである。
 「いま、中国では少数の人々が“軟弱病”にかかり、民族の気概を失って、対米投降論を言いふらしている。しかし、投降論など論外である。われわれは、アメリカに対して明確にノーと言わねばならない」
 国営通信社が、このようにナショナリズムを煽るのだから、いまの北京は相当焦っていると考えていいだろう。折から、香港デモも起こり、習近平の威信は低下した。(なお、この経済フォーラムに先立って6月5日に、モスクワで中露首脳会談が行われた。この会談で、習近平とプーチンが身勝手すぎるトランプのアメリカ覇権と対抗していくことで一致したという見方も出ているが、私には「弱い者同士の慰め合い」にしか思えない)

外資小売の撤退ラッシュが始まった
 
 いずれにせよ、中国の衰退はもう始まっている。習近平が弱音をはくのも無理はない状況になっている。
 貿易で儲けることができなくなったため、経済成長率は下降し、失業者が増加している。「世界の工場」といわれた中国を支える工業生産は減り続け、閉鎖する工場が相次ぐようになった。また、輸入品の物価も上がったため、すでに穀物から豚肉まで値上がりして、庶民生活は苦しくなっている。
 そして、ついにというか、外資小売業の撤退ラッシュが始まった。これは、中国がもはや消費市場としても魅力がなくなったことを意味する。
 直近の例でいえば、日本の高島屋が撤退を決め、8月に上海店を閉店すると発表したことがある。これは、仏Carrefour(カルフール)に続くもので、中国市場の低迷を決定づけた。カルフールはいち早く中国に進出し、一時は200店舗以上を運営していた。かつて私も、北京や南京でカルフールには何度も足を運んだ。それが、中国の家電量販店の蘇寧に株式の8割を48億元(約750億円)で叩き売って撤退を決めたのである。
 米中貿易戦争が起こる以前から、中国では外資小売の撤退が相次いできた。2014年に英スーパーTesco(テスコ)、2016年に英小売Marks & Spencer(マークス&スペンサー)、2017年に韓国のロッテ・マートが撤退している。それが、ここに来て一気に加速したのである。 
 今年4月には米ファストファッションForever21が中国におけるオンライン販売業務を停止し中国市場から撤退した。前後して英ファッションサイトNew Look(ニュールック)も撤退した。
 そして、スペインのファストファッションZARA、同じくスウェーデンのH&Mも、今年になって次々、店舗を閉めるようになった。カルフールが撤退したことで、いま真実味をもってささやかれているのが、米Wal-Mart(ウォルマート)の撤退だ。

中国外しの「ノンレッド・サプライチェーン」

 このように外資小売はほとんどが撤退していくが、それ以上に、中国から逃げ出そうとしているのが米欧日台の製造業である。
 人件費の高騰に加え、トランプ関税が実施されたことで、もはや中国でモノをつくって輸出するというビジネスモデルは崩壊した。これが、はっきりしたので、多くの企業が工場をベトナムなどの東南アジアに移している。なかには、中国企業まで中国を去っている。
 私は10数年前になるが、中国で、深圳(しんせん)に次いで発展中の2つの工業団地を取材した。1つは、天津市の経済技術開発特区。もう1つは蘇州市の蘇州工業園区。この2つの特区では、当時、外資製造業の工場の新設工事がたけなわで、トラックが忙しく走り回り、建設音が響き渡っていた。
 ところがいまや特区はガラガラ、操業していない工場も目立つという。
 かつて、日本のある法律事務所は「中国進出をサポートします」と広告を出していた。それが、いまでは「中国からの撤退をサポートします」に変わっている。
 中国の存在価値は、改革開放路線によって世界経済に参加することを認められ、それにより世界の製造業のサプライチェーンに組み込まれたことにあった。しかし、いまや、このサプライチェーンから、中国は外されようとしている。
 最近、台湾メディアの間では、「非赤供給網」という言葉がよく使われている。「供給網」とはサプライチェーンのことで、「赤」はレッドチャイナ(共産中国)を指す。つまり、「非赤供給網」は「ノンレッド・サプライチェーン」のことで、中国を外したサプライチェーンを一刻も早くつくる必要があるというのだ。
(つづく)


【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。

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