非正規社員の増加と授業料の高騰
それではいったいなぜ、奨学金という名の学生ローンが、これほど貸し出しを伸ばし、奨学金破産まで引き起こす事態になったのだろうか?
その背景にあるのは、非正規社員の増加と大学の授業料の高騰である。そして、「大学を出ればいい就職ができる」という幻想だろう。
1990年のバブル崩壊以後、日本経済は「失われた30年」に入り、社会状況は大きく変わった。その1つが雇用形態の変化で、派遣や契約の非正規社員がどんどん増えた。そのため家計は苦しくなり、奨学金を借りることなしには子供を大学に通わせることが困難な家庭が数多く出るようになった。
また、大学を卒業しても、一部の学生を除いて優良な仕事に就けなくなった。たとえ正社員になっても、給料は抑えられ、過重労働などで体調を崩し、離職せざるを得ないとなると、奨学金の返済は滞る。まして、非正規社員となると、収入は安定せず、月1万3000円ですら払えなくなった。
こうした状況に追い打ちをかけたのが、大学の授業料の高騰だ。私が大学を卒業した1970年代半ばから、大学の授業料は毎年のように上がるようになった。
当時は、国立大学で年間10万円、私立大学で20万円といったところだった。ところがいまは、国立大学では入学料28万2000円、授業料53万5800円。私立大学(文系)平均では、入学料23万4763円、施設設備料15万7246円 授業料75万8854円となっている(文部科学省「平成29年度学生納付金調査」などから)。
大学生の7割が私立に通うので、この額は、一般家庭に大きくのしかかる。まして、医学部進学など、一般家庭ではとてもできなくなった。
当時と現在では物価は違うが、現在の税制や社会保険料負担を加味しても、可処分所得はそんなに変わらない。それなのに、大学に行くための経費だけが、数倍になったのである。
バイトなしでは暮らせない東京大学生活
大学時代、私は何種類ものバイトをした。中華料理店の店員、結婚式場の案内係、電話帳配達、家庭教師など、なんでもやったが、それは小遣いを稼ぐためで、全部、遊興費に消えた。地方から出てきた学生を除いて、私の周囲でバイトしていた学生は、みな、その稼ぎを遊びに使っていた。なにしろ、勉強よりバイトと遊ぶことのほうが忙しいのだから、大学がレジャーランドといわれても、その通りだと思った。
しかし、いまの学生の多くが生活費を稼ぐためにバイトをしている。都市部では飲食店店員、コンビニ店員などは時給の安い外国人留学生に取られてしまったので、警備会社の夜間監視員、IT企業での入力作業、カフェチェーンの店員、アパレルブランドの店員、ジムのスタッフなどをやっている。
たとえば、知り合いの学生はユニクロでバイトし、「服が3割引で買えるので助かっている」と喜んでいる。
多くの大学生、とくに地方出身者がバイトなしで暮らせないのは、仕送り額の少なさに現れている。
今年の4月に、東京地区私立大学教職員組合連合(東京私大教連)が発表した調査結果では、私立大学学生への仕送り額が月額8万3100円と過去最低を記録している。その一方で、入学費用の借入額は過去最高の199万円となり、9割以上の家庭が費用負担を「重い」と回答している。
仕送り額の平均は、入学直後の新生活や教材の準備で出費がかさむ「5月」が前年度比1800円減の9万9700円、出費が落ち着く「6月以降(月平均)」が前年度比3000円減の8万3100円。「6月以降」の仕送り額は、1986年度の集計開始以来、もっとも低い水準となり、過去最高だった1994年の12万4900円との比較では4万1800円(33.5%)も減っている。
仕送りでの負担が大きいのは家賃で、平均は6万2800円。「6月以降」の仕送り額に占める家賃の割合は75.6%に達し、仕送り額から家賃を除いた生活費は2万300円である。1日当たりで換算すると、677円。
これでは、東京では、バイトなしでは暮らせない。
(つづく)
【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。
2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。翻訳書に「ロシアンゴッドファーザー」(1991)。近著に、「円安亡国」(2015 文春新書)。
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