ついさっきまでは超余裕、だったのになぜか時間ギリギリに。とにかく参道を駆け下り、息を切らして山門に到着すると断食道場はすぐそばにあった。助かった。
「おはようございます」
障子をそっと開けるとお坊さんがすっと出てきた。きっと電話の人だ。 そのまま部屋に案内され畳の上に正座。それからお坊さんは静かに説明を始めた。間に合ったみたいだ。基本的には境内の外へ出ない限り自由。買い食い禁止。あとは毎日湯のみ20杯の水を飲み紙に記録。そして1日のスケジュールはこんな感じ。
4時30分 起床
5時15分 朝の勤行
15時 (健康チェック)
18時以降 外出禁止
22時 消灯
「カンギョウってなんですか?」
「ゴンギョウ! 一番大切な朝のお勤めです。毎朝必ず開始10分前に本堂へ行くように」
やかんと湯のみを渡され隣の部屋に案内された。布団は5組あるが誰もいない。ここで3泊4日の間、空腹の時間を過ごすことになる。すぐ前は参道のようだ。表から雑踏が聞こえてくる。
「それと今日1回だけ写経ができます、どうしますか?」
「やりたいです!」
と即答。以前から興味はあったがまったく今日が初めて。何だかうれしい。隣の建物の一室に入ると硯や筆が用意してあり、座卓のひとつに座った。写経のやり方はいたって簡単で、見本のお経に薄い習字紙を載せ透けて見える字をなぞっていく。ともあれ筆に墨をつけて書き始めた。摩訶般若…子どもの頃に聞いたフレーズ。習字など何年ぶりだろう、不思議な感動が筆から手に伝わってくる。
“This is cool…”
一字一字書き綴る間に、いつしか没頭している自分がいた。難解な漢字もあったわりには意外と早く書き終わった。頭がスッとして実に気分がいい。写経なんて年寄りの趣味みたいだが、なんのなんのこれは楽しい。ニューヨークではお寺へ行く機会すらなかった自分がまるで別世界にいるようだった。
さてしかし、そこまではよかったが、それからの時間を過ごすにはなかなかたいへんだった。何がたいへんなのか。要するに「ヒマ」なのだ。「道場」といっても基本は自己管理。期待していた説法もないのはちょっとがっかり。結局、散歩以外することなし。今朝は4時起きで歩くのも疲れたし、そろそろ空腹もキツくなってきた。断食は始まったばかり、道場で少し休もう。山門付近まで戻ると出店も始まりにぎやかになっていた。それに何処からかいい匂いが。ん、何だこの香ばしいかおりは? もしかしてこれは…
つづく
Jay
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理シェフなどの経験を活かし「食と健康の未来」を追求しながら「食と文化のつながり」を探求する。2018年にニューヨークから日本へ拠点を移す。