連載275 山田順の「週刊:未来地図」五輪マラソン、突如、札幌に変更!(上)カネまみれIOCの拝金主義と体面づくろい

 誰もが「寝耳に水」の出来事だった。先週、ボランティアの視線から東京五輪を批判したが、その直後、IOCのバッハ会長は、東京五輪のマラソンを札幌でやるつもりだと、突如、発表した。(編集部注:このコラムの初出は10月22日)
 以来、今日まで、主催する五輪組織員会、主催都市の東京、そして国までも大混乱に陥っている。相変わらず、ネットでは賛否の声が渦巻いているが、1人の日本国民、そしてボランティアの1人として言わせてもらえば、IOCはふざけすぎている。五輪は単なるスポーツビジネスなのだから、いまさら、体面を気にしてカッコつけるのもいい加減にしろと言いたい。しかも、札幌に変更しても、暑さはほとんど変わらない。

バッハIOC会長の「鶴の一声」への疑問

 東京五輪のマラソンと競歩が、札幌で実施されることが事実上決まった。正式には今月末にIOCと組織員会の会合で決まるが、決定がくつがえることはない。
 なぜ、こんなことになったのか?
 それは、IOCのトーマス・バッハ会長の「鶴の一声」があったからだ。10月16日、バッハ会長が、突如、札幌代替案を発表。さらに、翌17日には、組織委員会との二者間で合意したこと発表した。IOC会長が自ら発表したのだから、日本側としてはお手上げ、それに従うほかないというムードになった。
 正式に決まっていた競技の場所が、開催目前になって変更される。しかも、そこは開催都市とはかけ離れた遠方などということは、これまで1度もなかった。
 背景には、先日、ドーハで行われた世界陸上での出来事(暑さのため男女マラソン、競歩とも選手が次々に途中棄権)があったとされるが、東京の酷暑は前から予想されていたことだ。もし、ドーハでの出来事がなかったら、IOCは動かなかったのだろうか。
 そうなると、IOCはドーハで批判が出たために、急遽、変更したことになる。
 バッハ会長は、「私たちは選手の健康を常に懸案事項の中心に置いています。マラソンと競歩の(開催地)変更案は懸念を私たちが真摯に受け止めている証です。選手に最高の状態を確保する措置です」と述べたが、それは単なる建前、きれいごとにすぎない。  
 本当は、IOC体面を保つための変更ではなかったか。

五輪を成功させることが最大の使命なのか?

 今回の札幌変更について、10月20日付の読売新聞は、社説で『五輪マラソン選手の健康を考えた「札幌開催」』と題し、変更を容認して五輪を成功させるほかないと、きれいごとを述べた。
 この社説は、前半で「選手を守るためにはやむを得まい」と、変更への経緯を説明した後、こう続けている。

《札幌市は東京より、7、8月の平均気温が5度前後低い。選手たちの肉体的な負担が軽減されるのは間違いない。
ただ、札幌開催には課題が多い。IOCは、札幌ドームを発着とするコース設定を提案したが、国際基準を満たすコースを新たに設けなければならない。開催地変更で経費負担も膨らむ。
 競技の時期は夏の観光シーズンに当たるため、選手や関係者の宿泊場所の確保は簡単ではない。既に発売した東京の観戦チケットの取り扱い、新たなボランティアの募集や研修など、いずれも早急な対応が求められる。
 幸い、札幌市では毎年8月に大規模なマラソン大会が開かれている。こうした経験を準備に生かすことが期待される。
 東京都側には、困惑が広がる。東京の魅力を伝えるコース選定に知恵を絞り、路面の温度上昇を抑える「遮熱性舗装」に、コース分だけで数十億円を投じてきた。
 今回の開催地変更は、短期間で方向性が決まり、都側への連絡はIOCの発表の直前だった。都とIOCの間でしこりを残せば、大会運営に支障も生じよう。組織委も含め、連携体制を改めて強固にする必要がある。
 大会の最終日を飾るマラソンは「五輪の華」だ。東京の沿道で応援しようと楽しみにしていた人には残念なことだろう。だが、ここは国を挙げて招致した五輪の成功を、国民全体で願いたい。》

ノーテンキな札幌市長と怒りの都知事

読売の社説が指摘するまでもなく、変更発表後の混乱は続いている。前回のコラムで述べたように、私は五輪ボランティアに登録している。それは、猛暑のなかのマラソンや競歩での活動も覚悟してのうえのことだった。だから、今回の措置で、梯子を外されたような気持ちになった。今後、札幌では、五輪ボランティアに代わる都市ボランティアを独自で集めなければならない。
 また、北海道マラソン開催の実績があるとはいえ、コース設定から札幌ドームの整備も新たに行わなければならない。結局は市民の税金をつぎ込むことになるはずだが、その辺のところはどうなるのだろうか。
 私が驚いたのは、バッハ会長の変更発表が伝えられた直後、秋元克広札幌市長が「札幌という名前が、IOCから具体的に挙がったことについては、大変驚いていると同時に、光栄だと思っている」と述べたことだ。
 普通なら、なんの打診もなかったことに怒っていいはずが、「光栄です」である。この人は、市民がどう思っているか、また、五輪が商業ビジネスであることなど眼中にないのだろうか。
 批判は出たが、小池百合子都知事の反応は、納得がいくものだった。彼女は、「唐突なかたち。このような進め方は多くの課題を残す」と不満を述べ、さらに「涼しいところがいいなら北方領土でやればいい」と皮肉った。
 なにしろ、都はこれまで、約300億円をかけて暑さ対策を進めてきた。コースとなる道路には遮熱性の高い舗装の導入を進め、日よけテント、大型冷風機、ミストシャワーなど設置、観客への扇子や冷却保冷剤の配布案など数々の対策を練ってきた。それが、すべて無駄になったのである。
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。
主な著書に「TBSザ・検証」(1996)「出版大崩壊」(2011)「資産フライト」(2011)「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)など。近著に、「円安亡国」(2015)「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

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