連載294 山田順の「週刊:未来地図」 ニッポンの貧困、アメリカの貧困(第五部・下)トランプ大統領を誕生させた「白人貧困層」

映画「8 Mile」が描いたデトロイトの荒廃

これまで、アメリカでは「貧困」を描いた映画が何本もつくられてきた。それを見て、私のような日本人は、初めてアメリカの貧困の本当の厳しさを知った。そこで、以下、何本か、そうした映画を取り上げてみたい。
 まずは、2002年に封切られた白人ラッパー、エミネムの自伝的映画「8 Mile(エイトマイル)」。「エイトマイル」というのは、デトロイトの中心部と郊外を分ける道路「8 Mile Road」のことで、デトロイトでは、貧困化が進むとともに、この道路を挟んで中流層の白人が多く住む住宅街と、黒人と貧困層が多い都心部が分断されていた。
 主人公ジミー(つまりエミネム)は、この貧困地区で、飲んだくれの母と幼い妹の3人で暮らしていた。その住まいというのは、トレーラー。ジミーは、いわゆる「トレーラーハウス」(和製英語、アメリカでは「mobile home:モバイルホーム」と呼ぶ)の住人だった。稼ぎはプレス工場での労賃だけという、赤貧の生活。
 しかし、ジミーには夢があった。それは、いつかラップを武器に、貧困と犯罪から逃れて「8マイル」を超えることだった。この夢は、「なんで白人がラップをやるんだ」という黒人たちの嘲笑、周囲の人間たちの裏切りなどを乗り越えてかなうことになる。
 私はこの映画で、エミネムのラップがホワイトトラッシュの心の叫びであること、貧困層の多くがトレーラーで暮らしていることを初めて知った。

深刻な人口流出で100万都市から転落

 デトロイトは、1950年代には人口180万人を擁する大工業都市だった。GM、フォード、クライスラーの「ビッグ3」は、みなデトロイトを拠点としていた。しかし、このビッグ3は、日本車の輸出攻勢で軒並み窮地に追い込まれ、GMは破綻した。
 工場労働者は大量にレイオフされ、職を失って稼ぎがなくなった人々は、それまで住んでいた家を追い出されるようになった。家族は崩壊し、貧困地区では犯罪、麻薬が横行するようになった。
 自動車産業の没落とともに、デトロイト市街地の人口流出は深刻化した。100万都市だったデトロイトの人口は71万人にまで減ってしまった。
 2013年7月18日、デトロイトは連邦破産法第9条の適用を申請した。これは、アメリカの自治体の破綻としては過去最大で、その負債は180億ドルと、当時報道された。
 ラストベルトには、デトロイトほどの大都会ではないが、このように荒廃してしまった都市がいくつもある。たとえば、オハイオ州クリーブランドは2006年に貧困率32%を記録し、全米一貧しい都市となった。

なぜ「フローズン・リバー」を渡るのか?

 ホワイトトラッシュの悲惨な現実を、これでもかと描いた映画がある。2008年公開の映画「Frozen River(フローズン・リバー、凍てつく川)」だ。
 主人公はニューヨーク州の最北端の町でトレーラー暮らしをするレイ。夫はギャンブルにはまり、貯めていたお金を使い込んだので、叩き出した。しかし、お金がないので子どもにはランチに小銭にしか渡せない。
 そんなレイは騙されたあげく、生活費を稼ぐために不法移民を入国させるため、車で凍った川(フローズン・リバー)を往来するようになる。

 この映画を見れば、トランプがターゲットにした白人貧困層から、彼がアメリカから叩き出そうとしている不法移民まで、貧困層のすべてが登場するので、トランプが大統領になれた理由を、専門家の解説で聞くより、はるかによく理解できる。 
 ただし、トランプはこうした人々の気持ちをすくい上げたが、トランプ自身は彼らの代表ではない。彼は、階級でいえば上流の上、スーパークラス(超富裕層)の人である。
 つい先ごろ、トランプは民主党支持者ばかりのニューヨークに嫌気が差して、定住地を自身の豪華別荘「マー・ア・ラゴ」があるフロリダ州パームビーチに移すと表明した。
 そして、得意のツイッターで「毎年多額の(ニューヨーク)市・州・地方税を納めているのに、市・州の政治指導者にひどい扱いを受けてきた」と訴えた。
(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

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