連載296 山田順の「週刊:未来地図」ニッポンの貧困、アメリカの貧困(第六部・上) 貧困層ばかりか富裕層も困窮する デジタルエコノミーと金融緩和の暗い未来

 これまで数回にわたり、日米の貧困問題について述べてきた。日米は文化も社会も違うが、貧困の中身に関してはだいたい同じであり、貧困層が拡大していることも同じだ。その結果、日米ともに「格差社会」となり、富裕層と貧困層の差は開くばかりだ。
 そして、それを助長させているのが、現在のデジタルエコノミーである。デジタルエコノミーは、雇用を失わせる。しかも、今後の世界は、世界規模で行われた金融緩和の反動から、バブル崩壊に向かう可能性が高まっている。

日本の貧困を引き合いに出した記事

 今年の8月、ブルームバーグが配信したノア・スミスというコラムニストの記事「Stop Blaming America’s Poor for Their Poverty」(アメリカの貧困問題を貧困層のせいにするな)が、日本の一部のエコノミストの間で話題になった。
 それは、日本とアメリカの貧困問題を取り上げて比較していたからだ。
 このコラム記事は、リードでまず、こう指摘していた。

「In Japan, people work hard, few abuse drugs, crime is minimal and single mothers are rare. The country still has lots of poverty.」
(日本は、人々はよく働いているし、麻薬中毒も犯罪も少なく、シングルマザーもほとんどいない。なのに、たくさんの貧困者がいる)

 なぜ、コラムニストのスミスは、こんなことを指摘したのだろうか? それは、アメリカとこれほど違う社会なのに、同じように貧困層が多いということ指摘することで、アメリカの貧困問題は、「自己責任」ではない、「社会がつくり出している」と主張したかったからだ。
 アメリカの保守層、とくに共和党支持者は、貧困を自己責任だとして、民主党左派の社会主義勢力と激しく対立している。そういうなかで、このコラムは、日本を引き合いに出して、保守層に再考を求めたのである。

トラッシュ(クズ)をなぜ税金で助けるのか

 日本人としては、こんなことで日本が引き合いに出されるのは心外だが、事実だけに仕方ない。
 日本はアメリカよりは社会福祉もセーフティネットも充実している。コラムが指摘するように、貧困につきものとされる麻薬中毒、犯罪も少ない。しかし、相対的貧困率はアメリカと変わらないほど高いのである。
 中流以上のアメリカの白人は、白人貧困層に対しては非常に冷たい見方をする。それは、彼らを蔑称として、「ホワイトトラッシュ」(クズ白人)と呼ぶことに表れている。
 彼らは、努力をしない。勉強もしない。若いうちから怠けてばかりいる。それなら、貧乏になって当然だという考え方で、「トラッシュ(クズ)をなぜ税金で助けなければならないのだ」と、福祉の拡大には反対する。
 これに対して、民主党の大統領候補のバーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレンは、自己責任論を否定し、貧困層の救済を訴える。国家が富を公平に再配分すべきだとして、資産課税、大企業に対する課税強化、医療保険の整備、最低賃金の引き上げなどを目玉政策として掲げている。
 日本でも、山本太郎の「れいわ新撰組」が、消費税廃止、奨学金徳政令、最低賃金の引き上げなどの政策を掲げている。

貧困はアメリカより日本のほうが深刻

 トランプと共和党は、サンダースやウォーレンを「社会主義者」(socialist)と呼んで罵倒している。たしかに、その政策は、社会主義的であり、金持ちから資産を没収して貧乏人に分配するのは、共産革命のやり方と同じである。
 ソ連でも中国でも、このやり方で、結局は国全体が貧しくなっただけだった。
 とはいえ、富の再分配は必要だ。そうしなければ、現代のデジタルエコノミーでは、富は階層の上部にいる人々に集中していくだけになるからだ。ただし、誰にも適正な再配分と、その方法がわからない。日本も同じで、財政難から増税して、それでバラマキをすることしか、政治家の頭にはない。
 日本の最大の問題は、少子高齢化により経済が低迷していることで、これではバラマキの財源が足りなくなるばかりか、バラマキをしても貧困層は減らせない。アメリカの場合は、経済は成長を続けている。それなのに、貧困層が増えているのは、かつての時代とは経済構造が変わり、従来の再配分機能が利かなくなっているからだ。
 これは、日本も同じだから、じつは、日本の貧困のほうが、アメリカより深刻といえるかもしれない。

資産課税とUBIによる富の再配分

 富の再配分を強化するという政策が、正しいかどうかはわからない。貧困層救済のため、そして国民全体の幸福のためには、ある程度必要だとは思うが、行き過ぎると、富をつくり出すという資本主義のダイナミズムが失われてしまう。そうなると、経済全体の成長は止まってしまう。
 アメリカは、独立以来、「自立自尊」の精神と「自由」をもっとも大事にしてきた。そのため、社会主義的な手法による富の再配分は、アメリカの風土にはなじまない。
 とくに、民主党左派が主張する資産課税に関しては、抵抗が大きい。また、資産課税と同じように注目されている「ユニバーサル・ベーシックインカム」(UBI)に関しては、「あり得ない」という意見のほうが強い。
 UBIとは、月に800ドルとか1000ドルといった定額のお金を、国民全員に配って生活を支援するという制度だ。いわゆる所得保障であるが、国民全員に配るという点で、生活保護のように収入の少ない世帯のみに配る制度とは、本質的に異なる。
 つまり、極めて社会主義的な制度であり、「財源はどうするのか」「所得保障をしたら誰も働かなくなる」などと、反対意見が続出している。
 日本でも、一部でUBIが提唱されているが、懐疑的な意見のほうが強い。(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

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