これまで2回に分けてニューヨーク市教育局(DOE)による公立教育における芸術専門プログラムや学校を紹介した。それらの学校への入学はオーディションでの選考をくぐり抜けなければならない。特に有名芸術高校のオーディションは真剣にアーティストを目指す子どもたちがしのぎを削る。今回はそんなアーティストのたまごたちを支援する市教育局の無料プログラムを紹介する。
DOEは現在、公立教育下でアーティストを目指す子どものために6つのプログラムを用意している(表参照)。❶❷は芸術専門プログラムへの進学を目指す子どもが対象、❸❹は年間通して参加できる音楽活動、❺❻はビジュアルアーツで大学進学を目指す高校生への奨学金プログラムだ。
これらは低所得家庭のための無料プログラムという位置付けではなく、基本的に公立学校の生徒であればオーディションを受けて参加できる。幼少期からアーティストを目指すための環境が整っている子どももいれば、そうでない子どももいる。「アーティストになる勉強をしたい」との意思をもつ子どもが、経済的問題に阻まれることなく志を貫ける道が公教育の場で用意されている。
リンカーンセンター提携の無料オーディションブートキャンプ
Middle School Arts Audition Boot Camp
芸術高校入学のためのオーディションの準備をする2週間集中プログラム。9月の新学期に8年生になる公立校の生徒が対象。
ブートキャンプ参加希望者は7年生の春に実施されるオーディションで選抜される。ダンス、シアター、ボーカル、楽器、ビジュアルアーツの5分野の「スタジオ」に分かれ、専攻したいスタジオを選んで、アートに向ける思いを述べたエッセイ、個人的に師事する先生や学校のアートの先生などからの推薦状を添えてオーディションに申し込む。
ブートキャンプはリンカーンセンター内の施設で、各分野の専門家の指導の下、技術、オーディションへの心構え、模擬オーデョションが行われる。子どもへの指導だけでなく、オーディションを受ける子どもへのサポートの仕方、芸術プログラムについての説明、申し込みや学校選びについての質疑応答など保護者対象のワークショップも行われる。
また、ブートキャンプ参加者には新学期の開始後、「同窓会」と称するミーティングが開催され、練習の進捗度、カウンセリング、プログラムの選び方、オーディション直前の準備などさまざまな支援が続く。
オーディションの準備は各家庭が独自に行えることであり、実際、そのような子どものほうが多いだろう。しかし経済的問題や生活環境などでハンディキャップを負う子どもたちにとってはこのような場所はきわめて重要だ。
リンカーンセンターという世界のトップレベルの芸術拠点で、歓迎され、励まされ、批評され、教室で汗を流し、芸術への情熱に真剣に耳を傾け指導してくれる大人に囲まれて過ごす2週間は、子どもたちに「自分には価値がある」という自己肯定感を与える。芸術は決して手の届かない世界のものではないこと、また、自分の可能性を信じるという、技術の向上以上の大切なことを教えてくれる。
芸術を目指すティーンのための無料サマーキャンプ
The Summer Arts Institute (SAI)
アートを真剣に学びたい、技術を磨き、芸術系の高校・大学を目指したい、またキャリにしたい子どものための無料の4週間集中サマーキャンプ。9月から8年生になる生徒から12年生までの公立校在籍生が対象。
ダンス、シアター、楽器(弦楽オーケストラ、吹奏楽、ジャズ)、声楽、ビジュアルアーツ、映像の各分野を、専門教師、ゲストアーティスト、市内の舞踊団、楽団、劇団などの芸術団体が指導し、高校・大学受験に必要なポートフォリオ(作品集)作りや、面接・オーディションに合格するためのスキルを教える。また、志を同じくする仲間と切磋琢磨する4週間は子どもたちに大きな刺激となる。
無料サマーキャンプに参加するためにはオーディションに合格しなければならない。申し込みは毎年12月に始まり、DOEは現在、同ウェブサイトで申請登録を始めている。競争率も高く、推薦状をはじめ準備することも多い。来年の夏休みに参加を希望する場合は早めに申し込み、情報を手に入れておこう。
年間を通して音楽活動の機会を提供
The Salute to Music Program / The All-City High School Music Program
このプログラムは、学校でオーケストラや合唱団などに参加する機会のない子どもや、個別で楽器を学びつつ楽団に参加したい子どもが、1年を通して無料で参加できるというもの。市全域からオーディションで選抜された生徒によって構成され、演奏会も開催される。詳細は表の問い合わせ先もしくは学校の音楽教師に聞いてみよう。
今回紹介したプログラムに関する情報は、現在通っている学校から「お知らせ」として与えられるものではない。自分たちでDOEおよび関連のウェブサイト、SNSで発信されている動画などで情報を集められる。情報収集も自らで道を切り開く手段の1つだ。経済的に恵まれていなくても、「チャンス」はいろいろなところで見つけることができる。
(河原その子/舞台演出家、ライター、学校コンサルタント)