連載469 山田順の「週刊:未来地図」激変する世界の「対中政策」 経済と安全保障を天秤にかけて迷走する日本(下)

なぜ習近平はことを急ぐのだろうか?

 ここで、中国側の立場に立って考えると、本当に疑問なのが、なぜ彼らは拡張路線を続けて、勢力の拡大を図っているのかということだ。「中国の夢」などと言うが、そのために世界を巻き込んで、力づくでも自国権益を拡大させる意図がわからない。

 なぜなら、経済力を充実させていけば、いずれ黙っていても中国に世界覇権が転がり込むかもしれないからだ。いま、なぜかアメリカは内乱のような状態にあり、下手をすると自滅する。待っていれば、時代はどう動くかわからない。

 それなのに、南シナ海の内海化を進め、香港の民主派を弾圧している。香港など、あと20年ほど我慢すれば自然に戻ってくる。また、欧米の民主国家が怒ると知りながら、新疆ウイグル自治区、チベットなどで人権弾圧を続けている。なぜ、習近平(シー・ジーピン)は、ここまでことを急ぐのだろうか?

 さらに、この疑問が増すのが、最近の中国の対欧州政策だ。「一帯一路」で欧州とつながることで、その間の通商覇権を握ろうとすることは、もはや明らかである。

 なのに、カネで「17プラス1」(中国と中東欧諸国による協力枠組み)をつくり、ドイツやフランスなどに警戒心を起こさせた。また、カネによって欧州企業を次々に買収し、技術流出への懸念を増大させている。

 そこにきて、新型コロナウイルスのパンデミックである。どう考えても、おとなしくしているのが得策だろう。

 しかし、習近平は聞く耳を持たない。

EUの対中観の変更とドイツの政策転換

 EUは一昨年、対中政策を大転換した。

 2019年3月、EUは、公式文書中の中国の扱いを「共通の目標を有する協力のためのパートナー」から、「統治に関する異なるモデルを推進する体制上のライバル」と変更した。

 これにともない、欧州諸国はトランプが進めた中国との「デカップリング」(分断政策)に傾くようになった。EU内でもファーウエイの排除が始まった。しかし、ドイツのメルケル首相は、中国とのデカップリングには踏み切れなかった。

 それは、ダイムラーやフォルクスワーゲン、シーメンスなどの対中依存度が大きすぎるからだ。メルケルは中国デカップリングに対しての中国のドイツ企業に対する報復を恐れた。

 しかし、ドイツ連邦議会では中国排除の議員が多数派を占め、対中政策を強硬路線に変えつつある。このほど、ドイツでは引退を表明したメルケルの後任を選ぶ与党CDU(キリスト教民主同盟)の党首選が行われ、中道のアルミン・ラシェットが選出された。彼は、メルケル路線を踏襲すると思われるが、メルケルが陥ったジレンマから抜け出て中国に対する圧力を強めるだろうと言われている。

 昨年12月30日、EUは中国と7年越しで進めてきた「投資協定」に合意・締結した。これは、中国側の譲歩によるもので、中国を国際法の枠組みの中に入れて集団的に圧力をかけるものだ。

 すでに、フランスは中国との対決路線を強めており、アメリカに次いで、南シナ海では独自の「航行の自由作戦」を実施している。

(つづく)

【山田順】
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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