連載674 なぜ、イーロン・マスクが世界一の金持ちなのか? バブル崩壊はテスラ株の暴落から始まる (上)

連載674 なぜ、イーロン・マスクが世界一の金持ちなのか? バブル崩壊はテスラ株の暴落から始まる (上)

 オミクロン株の出現で、一気に不透明になった世界経済。コロナによる金融バブル崩壊が現実味を帯びてきた。しかし、そんななかで世界一の金持ちになったのが、テスラCEOのイーロン・マスク氏だ。
「人類未到の個人資産3000億ドル」突破の原動力は、テスラ株の暴騰である。これは、明らかなバブルなのに、そのリスクを誰も指摘しない。バブルを続けるほうが、誰にとっても心地いいからだ。
 しかし、危機は確実に迫っている。

 

個人資産がトヨタの時価総額を上回る

 これまで、世界一の大富豪と言えば、長い間マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏だった。それをアマゾンのジェフ・ベゾス氏が追い抜き、現在の「フォーブス」長者番付における順位は、1位ジェフ・ベゾス、2位イーロン・マスク、3位ルナール・アルノー(LVMH:モエ・ヘネシー・ルイヴィトン)、4位ビル・ゲイツ——となっている。
 しかし、この「フォーブス」の順位は今年の初めまでの順位で、現時点では、イーロン・マスク氏が断トツの1位に躍り出ている。それは、長者番付における資産評価の大部分が、持ち株の時価評価で決まるからだ。
 NY株価は、コロナ禍が始まった2020年3月に一時2万ドルを割り込んだが、その後、回復。2021年11月にはついに3万ドルを突破し、今年の7月には3万5000ドルを突破した。
 テスラ株価は、コロナ禍前の2019年末時点では50ドルほどだった(株式分割の影響もあって)。それが、2020年からのコロナ禍の2年余りで、なんと約25倍になった。このテスラ株の暴騰が、マスク氏を富豪番付1位の座に押し上げたのである。
 この11月時点で、マスク氏の総資産額は3152億ドル、日本円にして約35兆円に達した。「個人資産3000億ドル超え」はこれまで人類が誰も達成したことがなく、まさに前人未到の世界にマスク氏はいる。
 3000億ドルといえば、国家予算規模では、シンガポール、フィンランド、アラブ首長国連邦などに匹敵する。また、企業の時価総額で比較すると、エクソンモービルが約2700億ドル、トヨタが2900億ドルだから、それを上回っている。

マスク氏の持株比率はゲイツ氏よりはるかに高い

 ただ、ここで誤解していけないのは、マスク氏の1位があくまで個人資産、つまり、その大部分が持ち株比率によるものだということだ。つまり、その比率が多ければ多いほど、自社株が上がれば資産が増える。
 そこで、企業全体の時価総額を見ると、アップルは約2.6兆ドル、マイクロソフトは約2.5兆ドル、グーグル運営のアルファベットは約1.9兆ドル、アマゾンは約1.7兆ドルに対し、テスラは約1.2兆ドルで「GAFAM」と呼ばれるビッグテッグの後塵を拝している。
 しかし、マスク氏の持ち株比率は、ビル・ゲイツ氏よりはるかに高い。現在、ゲイツ氏はマイクロソフトの主要株主ランキング10位以内に入ってすらおらず、正確な持株比率は不明だが、1%ほどされている。
 これに対してマスク氏は、売却などで変動があるものの20%前後である。
 いずれにせよ、人類未踏の資産家となったマスク氏だが、その出発点は、2003年のテスラの創業である。EV特化の自動車メーカーとして起業したテスラの時価総額は、わずか18年ほどで1.2兆ドルを突破した。マスク氏自身は2008年にCEOに就任しているため、CEO就任後から考えれば、たった13年で世界一の大富豪になったことになる。

単なる自動車メーカーに「PER」200倍

 現在の株式相場がバブルであることに、異論を唱える人間はいない。それを象徴するのがテスラ株と言える。なにしろ、株価の指標である「PER」(株価収益率)は一時200倍を超えていた。テスラ株は、昨年12月に「S&P500」に組み入れられたが、そのS&P500のPERが20~30倍などだから、明らかに異常に突出している。
 株価は企業の将来性、将来の収益性を見込んで決まるとされている。とすれば、テスラは将来、世界のどの企業もかなわない巨大企業になり、莫大な利益を上げなければならない。
 テスラに本当にそのような未来があるのだろうか?
 単純に考えてテスラはEV特化とはいえ、トヨタと同じような自動車メーカーである。クルマをたくさん売らない限り、収益は上がらない。つまり、これまでの製造業と同じように、モノを多くつくって売るという「規模の経済」に立脚している。
 とすれば、世界のクルマが全部EVに置き代わり、その市場のほとんどをテスラが独占するようなことが起こりえるのだろうか?
 また、そもそもEVはそこまで急速に普及するのだろうか?

参入障壁が低いうえ自動運転ではビハインド 

 クルマのEV化は、脱炭素社会に向かう世界のトレンドである。従来のガソリン車がいずれEVに置き換えられるのは間違いない。その先頭ランナーがテスラであることも間違いない。
 しかし、EVの製造プロセスを見れば、テスラの独走は起こりえない。
 現在、EVは高価だが、価格はいずれ低下していく。なぜなら、ガソリン車に比べて、部品数が圧倒的に少なく、モジュール生産が可能だからだ。すでに、中国ではテスラと同じ性能で、テスラ車より価格がはるかに安いEVが生産されている。
 ガソリン車の製造には、エンジンという精密技術が必要で、参入障壁があった。しかし、EVにはそれはない。とすると、この先、新規参入者によってEV市場は群雄割拠になる。遅ればせながらトヨタもEV製造に本格参入している。
 また、EVと同時に進んでいるのが自動運転である。
 この分野を見ると、アップルやグーグルが圧倒的なスピードで進んでいる。自動運転とEVはセットであり、それはクルマがコンピュータ端末になることを意味する。
 となると、この分野におけるテスラの企業としての競争力も弱い。

(つづく)

 

この続きは12月21日(火)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。  ※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

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