連載787 これが最良シナリオ プーチンのロシアはどのように崩壊するのか? (下)
(この記事の初出は5月3日)
政治エリート「シロバルヒ」が反乱を起こす
ロシアには「シロバルヒ」と呼ばれる治安関係者のエリート集団がいる。これは、「オリガルヒ」(新興財閥)と「シロビキ」(プーチン大統領のかつての同僚であった治安関係者)を組み合わせた言葉で、UCLAの政治学教授のダニエル・トリーズマン氏が提唱した。
トリーズマン教授によると、シロバルヒはオリガルヒが生み出した問題を解決し、法執行機関に対する敬意を取り戻し、大統領の権力を強化し、メディアや政党を浄化することが自らのミッションだと考えているという。
しかし、彼らは一枚岩ではなく、経済危機により、自らの地位や経済的利益が低下すれば、プーチン大統領から離れる可能性があるという。すでに、オルガリヒの何人かは、プーチン大統領に反旗を翻している。
これまで、プーチン大統領は、シロバルヒの地位と権利、財産を守ってきた。しかし、ウクライナ戦争は、それを脅かしつつある。
ロシアのエリートは計算高く、ひとたび、政権崩壊の流れができれば、雪崩を打ってその流れに従うという。
周辺諸国の離反でロシア連邦は崩壊へ
モスクワの政情が不安定化すれば、それはたちまち、ロシアの周辺諸国に伝わり、周辺国の離反が始まる。
ソ連崩壊を例に取れば、1991年、ソ連からロシア共和国を引き継いだエリツィンは、周辺国に仕掛けて、ソ連大統領のゴルバチョフから権力を奪った。「ソ連から主権を取り戻せ! ソ連に納税してはいけない」と説いた。そうして、この年の暮れ、ベラルーシとウクライナなどの指導者たちを集め、「ソ連解体」を宣言したので、ソ連は本当に崩壊した。
これと同じことが、今度はプーチン大統領の失策によって起こる。ロシア連邦の崩壊だ。
ソ連崩壊後、もともとは欧州に属していたバルト3国はEU、NATOに入ってロシアとは訣別したが、そのほかの国は、経済的あるいは安全保証的な理由からロシア依存を続けてきた。多くの国は、安全保障をロシアに依存し、旧ソ連諸国でつくる「集団安全保障条約機構」(CSTO)に加盟し、ロシア軍を頼りにしてきた。
旧ソ連の中央アジア5カ国のうち、カザフスタン、キルギス、タジキスタンの3カ国は、CSTO参加に加え、ロシアと正式に軍事同盟を結んだ。キルギスにもタジキスタンにも、ロシア軍の基地があり、ロシア軍が常駐している。
しかし、今後は、こうした同盟関係が崩れるだろう。
「ロシアは怖い国」と見方が大きく変わる
ウクライナ戦争は、ロシア連邦を構成する共和国にも、同盟関係、友好関係にある周辺国にも、大きな影響を与えた。とくに中央アジアの国々は、今回のことで、ロシアに対する見方が大きく変わったと言える。
それはまず、私たち日本人も驚いたように、ロシア軍が意外に弱いということだ。しかも、軍の装備も兵も旧式で、21世紀型の安全保障を担保できないことがはっきりしたことだろう。「これでは、頼りにならない」と、どの国の指導者も思ったに違いない。
そうしてさらに、「ロシアは怖い国だ。武力をもって侵略してくる」と思ったのも確かだろう。
これまで中立を守り、なんとかロシアとの関係維持に努力してきたスウェーデンとフィンランドがNATO加盟を申請することになったのも、同じ理由だ。
「ロシアは信用できない。いつ侵略してくるかわからない」という恐怖を感じたからだ。
となると、モスクワの権力が弱体化する、あるいはプーチン政権の転覆が起これば、中央アジアの周辺国はロシアから離反していくだろう。ロシア連邦内の共和国も、場合によっては独立し、ロシア連邦は崩壊する可能性が高くなる。
(つづく)
この続きは6月13日(月)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
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