連載839 安倍元総理暗殺の背後にある日本の劣化
参院選の自民圧勝で、今後も日本の衰退は続くのか? 〈特別配信版〉
(この記事の初出は7月11日)
焦点を当てるべきは事件の背景
本日(7月11日)時点でも、いまだにメディアは「警備体制」「個人的な犯行」「銃の手作り」「宗教団体(統一協会:世界平和統一家庭連合)」などに注目していて、この事件を招いた背景に焦点を当てていない。それは、日本社会がこの「失われた30年」で、いちじるしく劣化し、底辺の人々から希望を奪ってしまったことだ。
犯人の山上徹也容疑者(41)に関しては、海上自衛隊の任期制自衛官を務めていたことが注目されるが、彼は、現在無職で、数カ月前、派遣で行っていた工場を辞めている。1Kのアパートに1人暮らしで、コツコツと銃を手作りしていた。
彼の境遇は、これまでの報道を見ると、本当に不遇である。父親が急死した後、母親が統一教会に走り、1999年には祖父の家を売り払い、2002年には自己破産している。兄妹3人で育ったが、兄は自殺。食べるものにも困った貧困生活の繰り返し。そんななかで、自衛隊に入り、派遣社員などをして食いつないできたと思われるが、将来に対してなんの希望も持てない暮らしだったのは間違いないだろう。
日本社会の底辺から夢が失われた
こうした、社会の底辺で暮らす単身労働者は、現在の日本に、どれほどいるだろうか? この「失われた30年」で、その数は増え続け、労働環境、生活環境も劣化する一方になっているのは、言うまでもない。
非正規雇用労働者の割合は、現在、雇用者全体の4割を占めるまでに増加。雇用者の5人に2人が非正規雇用者となっている。また、単身世帯数も増加の一途で、国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、全世帯に占める単身世帯の割合は2010年に3割を超え、2040年には約4割に迫るとされている。
さらに、生涯未婚率も年々上昇を続け、2015年時点で、男性が約23%、女性が約14%となっている。
こうした流れに追い打ちをかけているのが、日本経済の衰退と、それによる賃金の停滞である。
それでも、アメリカに「アメリカン・ドリーム」があるように、日本にも「ジャパニーズ・・ドリーム」があれば救われる。いくら、社会の底辺にいようと、努力、アイデア、知恵次第で、社会階層の上に行ける。夢は実現できる可能性があるからだ。
しかし、いまの日本にはそれがない。いまや、ベトナムから来た技能実習生(事実上の労働移民)も逃げ出す国に、日本はなっている。
動機はすでに明らか、社会に対する怨念
今日になってもまだ、メディアは「詳しい動機の解明が待たれる」と言っているが、動機は警察での供述にあるように、すでに明らかだ。
「もともと、家を破産に追い込んだ宗教団体(統一教会)のトップを殺そうと思っていた」
「安倍元総理がその宗教団体(統一教会)とつながっているので殺そうとした」
これ以上、明白な動機があるだろうか?
つまり、山上徹也容疑者は、日本社会の底辺で暮らしながら、自分をこんな境遇にした宗教団体と日本社会に恨みを抱いていたのだ。
このような点を思うと、私は今回の事件は、2019年、36人が犠牲になった「京都アニメーション事件」、2021年、26人が犠牲になった「心療内科放火殺人事件」と同質ではないかと思う。
さらに遡れば、2008年、7人が死亡し、10人が重軽傷を負った「秋葉原通り魔事件」がある。この事件の犯人は、明らかに社会に恨みを抱き、それを晴らすために犯行に及んだ。
メディアは「黄金の3年間」になると
今回(7月10日投票)の参議院選挙は、安倍元首相の死を受けて、ある意味で「弔い合戦」になった。態度を決めかねていた地方の浮動票は、自民党に流れたという。
その結果、自民党は選挙区選、比例選とも議席を伸ばし、単独で改選定数124の過半数である63を確保した。また、全国32の「1人区」(改選定数1)で28勝4敗と圧勝した。単独で改選過半数を獲得したのは2013年の参院選以来のことだ。
この流れのなかで、もっとも党勢を失ったのは立憲民主党である。共産党との共闘を拒んだうえ、バラマキにすぎない政策しか打ち出せなかったのだから、安倍元首相暗殺事件がなくとも、こうなるのは必然だった。
参院選の結果、今後は「黄金の3年間」になると、メディアは伝えている。いったい誰が、こんなバカな言葉を考えたのだろうか。
直近の衆院選は昨秋だったから、岸田文雄首相が解散しなければ2025年秋までない。次期参院選も2025年夏である。つまり、まるまる3年間は、自民党、岸田政権の天下となるというのだ。
しかし、これは自民党の「黄金の3年間」であって、日本にとっての黄金の3年間ではない。
「民主主義に対する重大な挑戦」それがなにか?
与党圧勝は、政治から緊張感を失わせ、政策をおざなりにする。自民党は現在の状況に甘んじ、この国が抱える問題に真剣に取り組まないだろう。よくて、現状維持だ。
しかし、そういう道を、私たち日本国民自身が選択したのだから、それはそれで仕方がない。
投票率は約52%と前回より3ポイント上がったという。しかしそれでも、半数の国民が選挙に行っていない。ということは、行かなかった半数の国民は、日本がどうなろうと知ったことではないということなのだろう。あるいは、このままほうっておいても大丈夫と漠然と思っているのだろう。
「民主主義に対する重大な挑戦」などという、安倍事件についてのコメントが充満しているが、半数の国民は、民主主義だろうと共産主義だろうと、独裁、専制だろうと、どうでもいいと思っているとしか思えない。
黒船が来ない限り日本は変わらない
いまの日本に、問題は山積している。
当面の新型コロナウイルス対策や物価高対策はもちろんのこと、この先の経済・金融政策や財政再建はどうするのか? ウクライナ戦争への対処は? エネルギー危機は?食料安全保障は? 中国・北朝鮮の脅威のなかでの国防強化は?
そしてなによりも、少子高齢化による人口減、地方の衰退、広がる格差をどうするのか?
こうした問題を、今後は、自民党だけで一つ一つ解決していかねばならない。そんなことができるのか。
このあと岸田政権は、目玉政策である「新しい資本主義」を踏まえた10兆円超の追加経済対策を取りまとめるという。
いまさらなにも期待していないが、思うのは、どうか余計なことだけはしないでほしいということだ。余計なことをすればするほど、年金崩壊、社会保障崩壊、財政破綻などは早まるだろう。
それにしても思うのは、日本人はもっと追い込まれなければ、動かないということ。改革など面倒なことはしたくなく、昨日と同じ明日があればいいと思っている。つまり、昨日と同じ明日が来ないとわかったときにしか、この国は変わらない。
黒船が来ない限り日本は変わらない。
(了)
【読者のみなさまへ】本コラムに対する問い合わせ、ご意見、ご要望は、
私のメールアドレスまでお寄せください→ junpay0801@gmail.com
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。
→ 最新のニュース一覧はこちら←