連載858 「日の丸半導体」の復活はあるのか? TSMC誘致は懲りない経産省の“哀しき願望”(中)
(この記事の初出は8月16日)
“願望”だけ。それも哀しき願望の産物
それにしても思うのは、工場を誘致すれば地域が活性化する、産業が発展して人々が豊かになるというのは、半世紀も前の高度成長時代の発想ではないかということだ。
昔のものづくり、つまり工業製品をつくるならいいが、今回は半導体である。それも、投資先は日本企業ではなく、台湾企業だ。
私が話を聞いた専門家たちは、半導体産業は「なにより人材、人材が第一で、工場をつくるだけでは日本にはメリットはない」と言う。肝心な人材は台湾からやってきて、すでに完成した技術で工場をオペレーションするだけだから、日本が得るものはないというのだ。
「さらに、向こうのほうが技術者の給料がいいので、逆に日本の優秀な人材を引き抜かれる可能性が高い」とまで言う。
かつて東芝で半導体開発の現場にいた知人は、こう断言する。
「経産省はいまだに懲りていない。これまで、日本の半導体企業にどれほど税金をつぎ込んだか。そのたびに失敗して、もうこうなったら世界一の企業に来てもらおう、そうすればなんとかなると思ったんでしょうね。要するに“願望”だけ。それも哀しき願望の産物。そこに、戦略性などありませんよ」
背景にある世界的な半導体不足
ここ2年ほど、世界的な半導体不足が続いている。半導体は、「産業のコメ」だから、不足するとあらゆる産業が困るが、とくに困るのが自動車産業だ。自動車産業は、半導体不足により生産調整に追い込まれる事態が繰り返されてきた。
このことも、TSMC誘致の背景にある。
かつて日本のエレクトロニクス産業が凋落した原因の一つに、半導体工場を中国に移転し、チップの設計から製造技術までが流出したことが挙げられる。その結果、日本の半額以下でチップが売られ、日本の家電は競争力を失った。
この苦い教訓があるから、日本のものづくりの“最後の砦”である自動車産業が、半導体不足で窮地に陥ることの恐怖が関係者にあったと思われる。
いまや、多くの半導体がなければ自動車はつくれない。自動車1台に使われる半導体は、年々増えてきた。自動車メーカーの人間が言うには、たとえばエンジン制御用の半導体だとかつては30個程度だったが、最近の高級車種では100個を超えることもあるそうだ。
この傾向は今後さらに増し、EV化と自動運転化が進めば、モーター駆動用のパワー半導体や、センサー用の半導体、画像認識用の半導体などが必要になる。
こうしたことから、自動車メーカーと半導体企業の力関係が逆転した。これまでは、半導体企業が従で自動車メーカーが主、つまり半導体企業は自動車メーカーのオーダーにより半導体を納入してきた。
しかし、いまや、自動車メーカーが従で半導体企業が主なのである。
そのため、トヨタ自動車は2021年末にルネサスエレクトロニクス株2500万株を買い増し、約3.8%を保有する第4位株主となり、デンソーと合わせて11.6%の議決権を握った。自動車メーカーが、半導体企業へ接近するようになったのだ。
日台連携エルピーダの悲劇を繰り返すのか
TSMCは車載半導体、いわゆるマイコンでは大手ではない。車載用の半導体業界は欧州勢が圧倒的に強く、1位は独インフィニオンテクノロジーズで、2位はオランダのNXPセミコンダクターズ。日本ではルネサスエレクトロニクスが強いが、こうした大手は、TSMCなどのファウンドリに一部の生産を発注している。
そのため、TSMCが増産しないと、車載半導体も不足する。
つまり、日本の経産省は、TSMCに自動車産業の命運を握られたというのに、それに日本の税金をつぎ込んで誘致したと言える。かつて日本は、半導体素材、製造装置で世界トップだった。それを思えば、ルネサンスなどがまだ残っている以上、半導体復興はまだまだ自前で可能である。それなのに、台湾TSMCを誘致したのだ。
「もし、日本がカネを出さなければ、TSMCが来るわけがない。日本は電気代などのインフラコストが高く、半導体に対する優遇税制もない。経済合理性がない」と、知人の専門家は言う。
「かつてDRAM大手のエルピーダは、産業活力再生特別措置法(産活法)によって台湾と連携して復興を目指したのに、結局、倒産した。あの日台連携でなにが起こったかというと、技術流出です。台湾に技術が流出して、類似品が大量に出回り、DRAMの価格が暴落したんです。今回のTSMCでもまた、同じことが起こる可能性がありますよ」
(つづく)
この続きは9月26日(月)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。