連載911 間に合うのかトヨタ
「EV大転換」はもはや確実な未来に!(下)
(この記事の初出は11月15日)
「イノベーションのジレンマ」に陥る
豊田章男・トヨタ自動車社長のこれまでのインタビュー記事、トヨタに関する聞き、トヨタの広報資料などを見てくると、トヨタは以下のように考えていたと思える。
《いくらEVを普及させたとしても、発電部門そのものが脱炭素化されない限り、サプライチェーン全体でみた脱炭素化は実現しない。発電部門を考慮せず、EVの比率だけを高めても意味がない。ならば、トヨタはPHVで圧倒的にリードしているのだから、その燃費を極限まで高めて、EVとは違った進化で脱炭素を目指そう》
この考え方は、どこから見ても間違っていない。しかし、時代のトレンドを見誤っている。
「イノベーションのジレンマ」という大企業が新興企業の前に力を失う理由を説明した理論があるが、トヨタの考えは、まさにこのジレンマに陥ってしまったと言っていい。
デジタルカメラがやがてフィルムカメラを駆逐しまったようなことは、常に起こるのだ。
すでに、EV市場は「イノベーター理論」を適用できる一歩手前まで来ている。イノベーター理論は、スタンフォード大学の社会学者エベレット・M・ロジャース教授が提唱したものだが、今日までのデジタル社会の進展を見ると、ことごとく当たっている。
イノベーター理論では、新商品のシェアが「イノベーター」(革新者)と「アーリーアダプター」(初期採用者)を合わせて16%に達すると、普及率が爆発的に上昇するとされている。この視点でEVを見れば、16%まであと5ポイントほどということになる。
水素にこだわり続けると致命傷に
トヨタは、「PHVから水素エンジン車へのスムーズなシフト」を前提として長年戦略を建ててきた。水素燃料電池車(FCV)と、水素をガソリン代わりに燃焼させる水素エンジン車(HEV)が将来の主流になると考えてきた。この考えに基づいて、2014年にFCVの「MIRAI」を発売している。
したがって、EVに関しても、「可能な限り既存のプラットフォームを活かしつつ、PHVと両立させながら開発しよう」としてきた。
しかし、いまやこの考えは通用しなくなった。水素ステーションがないことには、水素エンジン車は普及しない。充電ステーションはできても、水素ステーションはできなかった。いまや、FCVを量産しているのはトヨタと「NEXO」の韓国の現代(ヒェンディ)ぐらいであり、欧州、中国、アメリカの3大市場ではFCVはゼロエミッション・カーとは見なされなくなってしまった。
このままトヨタが水素にこだわり続けると、それが致命傷になりかねない。
トヨタはテスラを過小評価していた
それにしても、「イノベーションのジレンマ」とはよく言ったものである。イスラエル建国物語にあるように、ダビテは小石の一撃で巨人ゴリアテを倒しつつあるのだ。
そもそも自動車の総合メーカーであるトヨタとテスラでは、会社の規模も経営方針も違う。トヨタはガソリン車から、PHV、FCV、 EVと幅広い動力源の車をそろえて世界中で展開している。それに対して、テスラはEV一本やりである。
また、トヨタは採算が低い小型車から利益率の高い高級車まで取り扱っているが、テスラは「モデルY」「モデル3」のみで9割強を占め、すべて高価格である。
さらに、テスラは車体を一体成型する「ギガプレス」と呼ぶ巨大なプレスマシンを製造工程に導入して簡素化をはかっている。
ガソリン車製造のために、数多くの部品による複雑な生産工程を持つトヨタは、ひとたびEV市場が立ち上がってしまえば、こうしたイノベーションに太刀打ちできなくなるだろう。
かつてトヨタはテスラと資本提携し、SUV「RAV4」ベースの EVを開発したことがある。2010年から2014年にかけてのことで、これにより、2014年にはEVを約2500台販売したが、その後生産を打ち切り、2017年にはテスラ株をすべて手放した。この時点でEVをほぼ見切り、テスラを取るに足らないと見誤ってしまったのだ。
(つづく)
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※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。