連載923 ポルトガルが示す日本の未来: 繁栄を誇った国家はなぜ衰退していくのか?(下)

連載923 ポルトガルが示す日本の未来:
繁栄を誇った国家はなぜ衰退していくのか?(下)

(この記事の初出は2022年11月29日)

 

ありえない公的資金による民間企業の救済

 さらにひどかったのは、このとき菅政権が発表した東京電力の救済策だった。政府は早々と賠償金などの損出補填に公的資金を投入することを決め、東電を救済すると宣言したのである。
 これは、資本主義市場経済のルールを完全に無視したやり方だ。東電は民間企業である。民間企業が事故などにより損出を出した場合、例えば賠償金を捻出するためには、保有する株式や不動産など、売却可能な資産をすべて現金化して、それに充てるのが資本主義におけるルールだ。
 もっと言えば、東電は本社ビルから社宅まで売却し、さらに役員報酬や社員の年収も削減し、整理解雇を含めたリストラを実施する。退職者への年金もカットする。また、東電に融資している金融機関は債権放棄を余儀なくされ、さらに東電は社債をデフォルトしなければならない。
 しかし、菅政権は早々と国民負担による電気料金の値上げを認め、東電を救済・存続させてしまった。
 これでは東電は完全な国有企業ということになり、すべてのリスクは国民に付け回される。それで、救われるのは、ほかでもない株主などのステークスホルダーである。国民のカネで民間企業を助ける。こんなことは、資本主義自由経済で許されるわけがない。
 このように、東日本大震災でますます社会主義化、統制経済になってしまった日本を、アベノミクスがさらに推し進め、日本の衰退を決定づけたのである。

「日本が強い国」は単なる希望的観測

 思えば、私が『資産フライト』を出版したのは、東日本大震災の年の秋だった。国内では「復興」が絶え間なく唱えられ、多くの被災者が生活に困窮しているなか、一部の人々は日本に見切りをつけ、“金融ガラパゴス”の日本から資産を海外に移していた。
 ただし、あのときは円は、1ドル80円のラインを割り込み、10月末には史上最高値75円32銭を付けた。
 いまとなれば夢のような話だが、あのときの円はたしかに強かった。しかし、日本の実体経済と財政はボロボロだったから、円高は為替相場特有の見せかけにすぎなかった。そのため、こんなことは国力から見て続かないと判断した人々が資産フライトに走ったのである。
 それでも、国内では絶え間なく「日本は強い国です」「日本の力は団結力です」というようなスローガンの下に、復興が唱えられていた。残念ながら、「日本は強い国」は幻想だと私は思った。そうでなければ、あのときに『資産フライト』のような、愛国心のかけらもないと思われる本を書かなかっただろう。逆に言えば、私は愛国心が強いから、あの本を書いたのである。
「日本は強い国」というのは、太平洋戦争中の「神国ニッポン」と同じで、単なるスローガンであり、現実ではなかった。英語で言う「Wishful Thinking」(希望的観測)に過ぎなかった。

いったん先進国になった国は転落しない

 東日本大震災からさかのぼること10年、私は、2002年に『日本がアルゼンチンタンゴを踊る日: 最後の社会主義国家はいつ崩壊するのか?』(ベンジャミン・フルフォード著)という本を編集・出版し、世に問うた。
「不良債権はなぜ処理できないのか?」「構造改革はなぜ進まないのか?」 を追及し、日本の未来がアルゼンチンのような状態になるのは確実だとする警告本だった。
 2002年4月20日、アルゼンチンはデフォルトした。バンク・ホリデーが実施され、外貨(ドル)預金は強制的にペソに換えられた。その惨状を目の当たりにして、構造改革はかけ声だけ、株価は下げ止まらず、失業者が街にあふれていた日本を、「すでにアルゼンチン状態」だと、ベンジャミン・フルフォードは指摘した。
 民主革命、産業革命が起こり、近代資本主義が成立してからこのかた、先進国として繁栄してきた国が衰退を続け、ついには破綻した例はない。近代資本主義は、先行者に圧倒的に有利なシステムであって、一足先に近代化を達成した国は、その後も豊かな社会を持続している。
 しかし、その例外に日本はなろうとしている。アルゼンチンも例外の一つと言えるが、この国の繁栄は主に農業によってもたれされたのだから、日本とは違う。
 しかし、いったん先進国になった国が、その地位を失うという意味では変わりない。


(つづく)

この続きは1月17日(火)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 

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