第63回 天婦羅 まつ井

本質的な日本食で勝負をかける

 〝素材の味を生かす〟とは聞き慣れた言葉だが、素材の味が何倍にもおいしく感じる天ぷらを食べたことはあるだろうか?
 今月14日にオープンした本格天ぷら専門店「天婦羅 まつ井」。店名にも掲げられたシェフの松井雅夫氏は、東京の「なだ万」などの名店で腕を振るってきた職人。極薄の衣にまとわれた、旬の食材たち。これまで多くの食通たちを唸らせてきた松井氏の天ぷらが、そのままのスタイルでニューヨークの人々に届けられる。

刺身クオリティの帆立の天ぷら


 同店がディナータイムに提供するのは、「天婦羅おまかせ(240ドル)」と、「10種類のコース(200ドル)」の2種のみ。ウニやわさびを使った先付や、胡麻豆腐、紅白の彩りが美しい鮪と鯛の造りなどを楽しんだ後に、いよいよメインの天ぷらが目の前に並ぶ。
 松井氏は顧客それぞれの食べるスピードを見計らいながら、絶妙なタイミングで一つひとつの食材を丁寧に油の中に落としていく。笑顔で会話を進める傍ら一つの無駄もない手元の動きが、松井氏47年のキャリアを物語る。
 特に強いこだわりを見せるのは一品目の「巻海老」。小さく甘みが強い反面、火が通りやすく、天ぷらにするのが難しい食材だという。驚くべきは、懐紙に置いても油が染みないこと。それゆえ、軽やかな歯ごたえを感じながら海老自体の味が口に広がり、食べた後もさっぱりしている。
 間髪置く間もなく、キスやホタテなど新鮮な魚介類と季節の野菜が続く。いずれもそれぞれの素材のうまさを極限まで高めた揚げ方で、試食会に訪れた全米一有名なあのカリスマ主婦も絶賛、舌の肥えたニューヨーカーをも黙らせるクオリティだ。

アスパラガスの天ぷら


 この天ぷらを支えているのは、これまで松井氏が信頼を置いてきた東京・築地の魚屋。その時その時旬の魚介を厳選し、直送する。野菜はニューヨークの地元農家から、また、長年かけて理想に辿りついたドイツ産の塩が天ぷらの味を引き立てる。最後は小エビの天丼が胃袋を満たし、至福のひとときを締めてくれる。
 味を創造してシェフの個性を強調する欧米のスタイルに対し、食材そのもののおいしさを引き出すために技術を磨く日本食。ここでは味がいいのは当たり前、日本食の本質をも感じられることだろう。

飾らない人柄で親しまれる松井氏


天婦羅 まつ井
222 E 39th St(bet 2nd & 3rd Ave)
212-986-8885
www.tempuramatsui.com
ランチ(27日から)=月〜金:正午〜
ディナー(完全予約制)=月〜土:午後6時〜11時