プロデューサー・作曲家
宅見将典さん
毎年全米を挙げて優れた音楽を讃える華やかな祭典、グラミー賞授賞式。第65回となる今年度は全部で26部門、合計91のカテゴリーに分かれて候補たちが鎬を削っている。2月5日の授賞式を控え、グローバルミュージック部門最優秀アルバム賞に「SAKURA」がノミネートされている宅見将典さんに、アルバム制作への想いやこれまでの道のりについて話を聞いた。
「SAKURA」に込めた想いー
音楽を通じて各々の心に美しい花を咲かせてほしい。
Q. グラミー賞へのノミネート、おめでとうございます。今のお気持ちを教えてください。
宅見:まだ半信半疑なところもあって、放心状態が続いているかもしれません。投票期間のプロモーションや、ノミネート発表の後は取材依頼を頂いたりして、あちこちに連絡を取って忙しくしています。
Q. グローバルミュージック部門とはどういう分野なのでしょうか?
宅見:音楽の51%以上に西洋由来じゃない民族楽器が使われていることが条件です。
Q. 「SAKURA」にはどういう楽器が使われていますか?
宅見:箏や三味線、アフリカの楽器であるコラやンゴニ、他にはバンブーフルート、ネイティブアメリカンフルート、フヤラなどです。
Q. アフリカの楽器も入っていて、純和風なだけのアルバムではありませんよね?
宅見:和風と限定せずに浮遊するアジアを目指しました。参加していただいた楯直己さんの声が昔から大好きで、彼の大陸的なボーカルと和を混ぜると、アジアのどこかで流れる、いわば近未来的な不思議な音楽になると思いました。
Q. 「SAKURA」に込められた想いを聞かせていただけますか?
宅見:世界的に悲しい出来事がたくさん起きていますが、直接的に言及するのではなく、音楽を通じて各々の心に美しい花を咲かせてほしいと願っています。「桜」には儚いけれど記憶に残る美しさがあり、侘しさといった日本語独自の表現や、日本語の持つカラフルな響きも象徴していると思います。
Q. そう言われると、どの曲のタイトルもカラフルな響きの日本語ですね。
宅見:異国の人に興味を持って曲を聴いてもらうためには、アメリカ人が現地で見かけた事があるかもしれない、ギリギリ知っていそうな日本語を選びました。
Q. 「SAKURA」を聴いたアメリカ人の反応はいかがでしたか?
宅見:これまでは単に良いね!という反応だったのが、今回はThis is your year!と言われることが多くて、すごく評価してもらえている感触です。メロディや楽器といったこともそうですが、音響やミックス面にこだわったことがノミネートに繋がったように感じています。
Q. 今回のアルバムで以前と変わったのはどのような点でしょうか?
宅見:1枚目の頃には自分をどう見せようかという気持ちがあったかもしれませんが、5枚目になって、内から自然と湧き上がって来るものが形になりました。よりシンプルなもの、昔自分が好きだったものなどに戻ってきた気がします。
Q. 宅見さんはJ-Popの世界でもご活躍されていますが、日本で培った感性がアメリカで武器になると感じたことはありますか?
宅見:アメリカの音楽はイントロや間奏に変化が無いことが多いですが、日本ではそこで印象付けるようにこだわります。そこはアメリカ人には真似できない部分だと思います。
Q. 印象付けるという意味では、和楽器の使い方もそうですよね?
宅見:LAではR&BやHip-Hopのチームと一緒に曲を書くことが多くて、サウンド面で彼らから吸収したものは多いです。逆に、展開が多い日本の曲作りに対してミュージカルみたいで面白い!と言われて、良いところをブレンドするよう意識し始めました。
Q. LAでの経験が活かされているのですね。
宅見:ハリウッドのプロデューサー達のデモを聴くと、出音もミックスもぜんぜん違っていてものすごくカッコイイんです。実は「SAKURA」が完成する半年前に、自宅スタジオのスピーカーの調整をしたんです。重低音が聴けていなかったことが判明したんですが、J-Popではあまり必要とされない帯域なので、気付かないままだったんです。おかげでアメリカ発のサウンドにも負けないサウンドを作れるようになりましたし、「SAKURA」はアメリカ的な重低音の世界の上で和楽器が舞うように仕上げることができました。
Q. もしグラミー賞に輝いたとしたら、どのようなスピーチをされますか?
宅見:実はこの間、受賞する夢を見たんです。でも名前を呼ばれてもどうしてもステージに上がれなくて目が覚めるという(笑)インディペンデントで予算も無い中で、良いものを作ってグラミーを目指そうという僕の途方もない夢を応援して協力してくれる方々がいたからここまでやってこれました。だから、これは僕にとっては愛の物語なんです。感謝の言葉しか出ないと思います。
Q. 今後の活動についての展望などはありますか?
宅見:グラミー賞を目指すに当たってネガティヴな反応をする人たちにもたくさん出会って、それすらもエネルギーに変えて進んできました。海外でそれは無理だよ、と言ってしまう日本人は、精神的に鎖国しているようなものだと思うんです。叶いそうにない夢であっても、他人の意見に左右されずに各々でどんどん飛び出していけば良いんだということを、音楽以外にも自分の言葉で伝えられたらと思っています。グラミー賞は音楽コンテストではありますが、総合人間力コンテストでもあると今は感じています。アメリカに移住したばかりの頃は不安も辛いこともたくさんありましたから、アメリカで生活を始めたばかりの人、頑張っている人を勇気づける言葉をかけることができれば嬉しいです。
取材・文:合屋正虎
宅見 将典(Masa Takumi)
プロデューサー・作曲家。2000年、BMG JAPANよりロックバンド「siren」でメジャーデビュー。2011年、AAA「CALL」の作曲で第53回日本レコード大賞優秀作品賞を受賞。2014年、第53回グラミー賞、スライ&ロビーのアルバム「One Pop Reggae」にギタリストとして参加、レゲエ部門でノミネートされる。2019年、DA PUMP「P.A.R.T.Y. 〜ユニバース・フェスティバル〜」作曲、編曲で第61回日本レコード大賞優秀作品賞を受賞。2018年よりLAと日本で活動している。https://www.masa.world/