夏の田舎の想いでバーガー
アメリカに留学していたときの話。
パシフィックノースウェストの美しい街シアトル。そこからグレイハウンドバスに乗ってハイウェイを東へ進むと、南北にそびえるキャスケード山脈が現れる。バスは排気音を高め坂を登り、針葉樹の茂る山々の中を走る。そして湿り気のある風が次第に乾燥してくると、視界には平野が広がってくる。
ワシントン州の中心辺りでハイウェイを降りたバスは、とある小さな町で停車した。ぼくはそこで数カ月のあいだ語学留学することになった。ここはメインストリートが一本あるだけの田舎町。過ごしたのは夏の3カ月。短い間だったが、ここで最高の仲間たちと出逢い、そして彼らと美味しいバーガーを食べた想いでがある。
広大なキャンパス内の生活は今でも懐かしい。ウィークデーは図書館にこもっていたが、ウィークエンドはとにかくよく遊んだ。朝は風の止んだことがないコートでテニス、昼からはほぼ貸し切りのプール、夕方にはボーリングで体力を使い果たし、それでも寮主催のダンスパーティは毎週参加。
週末が近づいて来ると学生たちは何をしようかと考え込む。ある日マシンガンの水鉄砲(まだそんなオモチャが普通に売られていた)で戦争ごっこをしたときは、前の晩から作戦を練り、真剣になってはしゃいだ。バカバカしいことを大まじめでやった。
そんなある日、仲間のひとりが「すごく美味しいハンバーガー屋があるんだよ」と言い出した。一日中遊んでお腹を空かせ切っていたわれわれのなかに反対するものはいない。すぐにそのバーガー屋へ向かって歩き始めた。
キャンパスから街に出てストリートを少し歩いたところにある店は、年数の経った木造のカントリーハウス。店の中に入ると肉の焼けるいい匂いが漂っていた。そしてオーダーしたベーコンバーガーを目にしたとき、その大きさには驚いた。これぞアメリカ。腹ペコの若者たちのテンションはマックスに跳ね上がり、一気にかぶりついた。分厚いパテを挟むバンズが、とても口に入らないのを無理やり押し込む。はみ出したケチャップを拭きながら、口いっぱいに広がる美味しさを、嬌声と視線とで互いに確かめあってまたひと口。ピクルスがツンと鼻をくすぐる。
「うまい!」
ソーダで流し込んだあと、ようやく声に出して言った。焼きたてのパテからあふれ出す肉汁がさらなる食欲をそそり、バンズから指に伝わる温かさが次のひと口を誘いかけてくる。こぼさないよう顔を近づける。陽に焼けた手はバンズの色とほとんど変わらない。
夏が過ぎようとしていた。次の学期からシアトルへ移る予定だったぼくにとって、この田舎の生活は最初で最後。そして皆が新しい進路へと向かおうとしている。残りわずかになったバーガーを持つそれぞれの手には、最高に楽しかった想いでが夏の陽射しとともにしっかりと焼き付いていた。
浅沼(Jay)秀二
シェフ、ホリスティック・ヘルス・コーチ。蕎麦、フレンチ、懐石、インド料理などの経験を活かし、「食と健康の未来」を追求しながら、「食と人との繋がり」を探し求める。オーガニック納豆、麹食品など健康食品も取り扱っている。セミナー、講演の依頼も受け付け中。
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