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共同通信
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多数の犠牲者を出したオウム真理教による地下鉄サリン事件から、20日で28年。当時教団の拠点があり、サリンが製造されていた山梨県旧上九一色村(現富士河口湖町、甲府市)で立ち退き運動の先頭に立っていた竹内精一さん(94)は、教団の増長を止められなかったことを今も悔やむ。自身は太平洋戦争も経験。「人を殺してはいけない」。当然の倫理観を失っていく人間を、繰り返し目の当たりにしてきた生き証人として、命の大切さを訴え続けている。
1990年2月ごろ、村の富士ケ嶺地区に、高さ約3メートルの鉄の塀が建設されたことが始まりだった。竹内さんら村民は、教団への抗議活動をするなど抵抗を続けた。