信託(トラスト)には信用して託すという意味があり、法律上は、「信託を管理する受託者(Trustee)が、信託設定者(Grantor、Settlor)の要請で、信託財産の受益者(Beneficiary)の利益のために保有する財産権」と定義されます。その3要素に加え、信託は(信託証書、信託合意書などの)書面によらなければなりません。
つまり信託は、設定する人が、信託契約書に従って、信頼できる受託者に財産(金銭や株式、不動産など)を移転し、受託者は設定した人の目的に従って、財産を受け取る受益者のために、信託財産を管理・分配する制度といえます。設定者と受託者が同じ場合もあります。また、設定者は受益者にもなり得ます。
信託には、受益者や目的によってさまざまな種類があります。ここでは、遺書に代わるものとしての生前信託 (リビングトラストliving trust)のご説明をします。
生前信託 (リビングトラスト)では、信託合意書(trust agreement)の中で、設定者の存命中は信託財産をどう管理し、死後は(遺書で規定するのと同様に)信託財産をどう分配するかを規定します。信託合意書中で、受託者が生前に無能力などになった場合や死後の、後任の(Successor)受託者を指名しておきます。
生前信託を利用する利点として、信託は私的な合意ですので、死後裁判所で検認手続をすることなく、信託合意書の記載に従って財産が分配できます。また、検認のために遺書を裁判所に提出すると内容が公的記録に残りますが、信託の内容は基本的に公的になりません。生前信託を使用する目的は節税でなく、例えば、財産分配をめぐって受益者間に争いが起こる可能性がある、家族構成が複雑、老齢の家族で検認手続書類の対処が困難、外国に家族がいたり所在が不明など、上記のように裁判所の手続を避けたい場合やプライバシーを保護したい場合のほか、他州に不動産などの財産を所有する、将来他州へ移動する可能性がある場合は、信託を利用すると有利といえます。このように、全ての方の場合に生前信託を設定すべきということではありません。州によっては検認手続に非常に時間がかかることがあり得ますが、全ての州において検認裁判所の手続が不合理に時間がかかって煩雑というわけではありません。
生前信託を設定する場合重要なのは、必ず生前に財産を信託内に保有させる(全財産項目の名義を、設定者個人の名義から信託名義に変更する)ことです。作成し署名すれば生前はすることがない(死後効力が発生し、裁判手続などを経て遺産分配が行われる)遺書と異なります。万一信託内に保有し損ねた財産があると、それに関しては信託合意書に基づいて分配ができず、裁判手続を行わなければならないことになって、生前信託を設定した目的が達せられません。
受託者は、信託設定者が信頼する人であることが必要です。受託者には法律で決まった割合の手数料が支払われます。金融機関も受託者となることができますが、企業受託者は当該機関で定められている手数料を課します。
※上述はあくまでも一般的な説明であり、個々のケースによって手続な どは異なりますので、必ず法律専門家に相談するようお願いします。
滝川玲子(たきかわ・れいこ)
ウインデルズ・マークス・レーン・アンド・ミッテンドルフ法律事務所パートナー、ニューヨーク州弁護士。上智大学外国語学部英語学科、同法学部国際関係法学科卒業後渡米、ニューヨーク大学ロースクール法学修士。日米両国の弁護士事務所の他、日本企業での勤務経験もある。総合法律事務所のニューヨークオフィスにおいて、遺書・遺産に関する法律を中心に、日米両国のクライアントをもつ。現在JAAにおいて、2ヵ月に一度の無料法律相談を担当。
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