連載984 いまさらなにが経済安全保障か。 中国が先端技術で世界を断然リードの衝撃! (完)
(この記事の初出は2023年3月6日)
AIでは中国に対抗できないと訴え退任
いまや人間に代わってAIがなんでもやる世の中になりつつある。このAIの軍事技術において、アメリカ自身が中国に音を上げる出来事があった。
それは、2021年10月のことで、アメリカ軍のソフトウェア開発の責任者が突如退任し、英フィンナンシャルタイムズや米FOXニュースに、その退任理由を「中国に遅れを取っていることを警告するため」と明かしたのだ。
退任したのは空軍の初代最高ソフトウェア責任者のニコラス・シャラン氏。彼は、アメリカ軍のAI開発が遅々として進まないことに不満を訴え、「これでは中国に対抗できない」と語った。
さらに、一部の米政府機関のサイバー防衛力は「幼稚園レベルだ」と指摘し、「手遅れになる前に警報を発したかった」とも語った。
AIによる「自律型致死兵器」の倫理問題
アメリカの技術開発が中国と大きく違うのは、その多くを民間に頼っていることだ。米国防総省には「DARPA」(国防高等研究計画局)といった機関もあるが、ことAIに関しては、世界最先端をゆくグーグルなどのビッグテックの協力を得られていない。
とくにグーグルは、2018年に、従業員が軍事目的でのAI技術の軍への供与に反対運動を展開したことがあり、そのときに「殺人にAIを使わない」と宣言してしまった。
これは、倫理の問題で、たとえば、AIが自ら標的を選択して、人間の意思が介在しない状態で攻撃する「LAWS」(Lethal Autonomous Weapons Systems:自律型致死兵器システム)については、「殺人ロボット」になる懸念があるため、グーグルばかりか多くのハイテク企業が尻込みしている。
しかし、強権国家の中国は、そんなことはお構いなしである。
現在、ウクライナ戦争ではドローンが大活躍している。ドローンにAIを搭載すれば「LAWS」になる。となると、ウクライナ戦争で「LAWS」が使われる可能性があり、核兵器の使用とともに、国際的な懸念が増している。
どうする先端技術4軍国家ニッポン!
日本ではあまり意識されていないが、こうした先端技術を巡る動き、とくに米中の争いは、今後の世界の行方に大きく影響する。
現在、ウクライナ戦争により、世界は大きく3極に分かれた。第1極はアメリカと欧州を中心とする民主主義自由経済陣営、第2極はロシアを中心とする強権主義統制経済陣営。これに、第3極として、どちらの陣営とも経済的につながる中国とインドとそのほかの国々がある。
この構造は、技術競争、経済競争において非常に複雑で、もし、この先、中国が技術覇権を握った場合は、日本にとっては相当困難なことになる。
ウクライナ戦争前までは、日本の対中戦略はあいまいだった。そもそも世界自体も、明確な対立構造はなかった。日本はどちらかと言えば大きく中国経済に依存していたから、第1極ではなく第3極に近かった。ドイツもまたロシアに依存していた。
それが、アメリカ大統領にトランプがなってからはそうはいかなくなった。トランプは中国を明確に「敵」とみなし、中国製品に関税をかけ、ファーウエイなどの中国企業の締め出しを図った。
バイデン政権もトランプ政権を踏襲して対中追加関税を維持し、昨年は「半導体支援法」を成立させたうえ、AIとスーパーコンピューター向け半導体技術の中国への輸出を禁止した。
こうした政策は、明らかに中国の技術優位を後退させ、経済を衰退に追い込む「貧困化政策」である。はたして、本当にそんなことができるのか? これ以上の中国の技術開発を止めることができるのか?
いまや完全に第1極陣営となった日本は、いつまでも世界の動きを見ているわけにはいけない。遅れを取った先端技術を、少しでも多く取り戻さなければならない。アメリカの時代遅れのミサイル「トマホーク」など買っている場合ではない。
(了)
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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。