連載987 脱炭素社会、EV時代が来るなら 知っておきたい「リチウム」争奪戦の現状 (下)

連載987 脱炭素社会、EV時代が来るなら
知っておきたい「リチウム」争奪戦の現状 (下)

(この記事の初出は2023年3月14日)

 

リチウム生産が抱えるさまざまな問題

 リチウムの生産量は、これまで確実に伸びてきた。しかし、これ以上の生産には、クリアしなければならない問題がいくつもある。
 1つめは、生産・供給のサプライチェーンが、オーストラリア、チリ、アルゼンチン、中国の 4カ国に偏っていること。とくに中国は、リチウムを外交駆け引きの武器に使ってくる可能性があるので、日本はもとより西側諸国は、サプライチェーンの多様化に迫られている。
 2つめは、鉱床採掘のプロセスでCO2が大量に排出されること。さらに、炭酸リチウムを生産する精製プロセスでは、「か焼」(焙焼)という1000度を超える高温で焼かねばならない。この熱源は、現状では石炭や重油が中心だから、脱炭素にはならない。
 また、精製プロセスでは鉱石を硫酸に溶かす工程があり、硫酸ナトリウムが大量に発生するが、これは不要物であり環境汚染物質でもある。
 3つめは、塩湖かん水による生産が、水不足や水質・土壌汚染などの環境問題を招くことだ。濃縮プロセスでは大量の水が必要のため、周辺地域に生活用水や農業用水の枯渇を引き起こす。さらに、蒸留池の周囲に、ナトリウムやカルシウムなどの山ができてしまうという問題もある。
 塩湖かん水の大生産地である南米のアタカマ塩湖(チリ、アルゼンチン、ボリビアの「リチウム三角地帯」に位置する)は、フラミンゴの生息地なので、そういう生態系への配慮も求められている。

脱炭素に必要なのに環境問題を招く皮肉

 すでにリチウム生産の拡大は、世界各地で問題を引き起こしている。
 南米の「リチウム三角地帯」では、抗議活動が活発化し、アルゼンチンのサリーナス・グランデスでは、先住民のコラ族が大規模な反対運動を行った。「リチウムにノー、水と生活にイエス」 というデモが繰り返され、開発を目指した鉱山会社が撤退した。
 NHK特集でもドキュメンタリーとして放映されたが、欧州のリチウム埋蔵国としてナンバー1とされたセルビアでも、抗議活動が起こった。セルビア西部の小さな村で約2億トン、EV100万台に供給できるリチウムが眠っていることがわかり、政府はさっそく鉱山会社と組んでプロジェクトを開始した。
 すると、村民、環境団体が抗議運動を始め、政府は2022年1月、ついにプロジェクトを断念した。
 ポルトガルでも、北部にリチウム鉱床があると推定されたため、政府は露天掘りの鉱山開発プロジェクトを計画した。しかし、この地域は、世界農業遺産に認定された地域だから、抗議活動が起こっている。
 それにしても地球温暖化阻止のためのカーボンニュートラル(脱炭素)に不可欠なリチウムが、環境問題を引き起こすのだから皮肉である。

テスラは自らリチウム確保に動き出した

 いずれにせよ、今後、リチウム争奪戦が激化するかどうかはEVの販売動向にかかっている。
 いま、EVメーカーが販促のために必要としているのは、価格の値下げだ。そのためには、イオンリチウム電池を安く豊富に手に入れなければならない。
 テスラCEOのイーロン・マスクは昨年4月、リチウム価格が高騰した際に、テスラ自身がこのビジネスに参入するかもしれないとツイートした。
 また、2022年第4四半期決算説明会では、「EV業界は新しいリチウム電池関連の起業家やスタートアップ企業を必要としている」と述べた。
 すでに、テスラはネバダ州でリチウムを含む粘土鉱床の権益を取得している。もはや、自動車メーカー自身がEVに必要なレアメタルを確保する動きになっている。
 この問題は、世界一のEV販売国になろうとしている中国でも深刻化している。中国は現在、オーストリアとチリからのリチウムの供給に依存している。そうして生産した炭酸リチウムの余剰分を輸出している。しかし、その余剰分がいつなくなるかわからない。


(つづく)

 

この続きは4月24日(月)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 

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