3月1日、カーネギーホールで行われる「グランド・ジャパン・シアター」では、能、狂言、歌舞伎が一挙に披露される。これは全米で初めての試みであり、古典芸能史においても歴史的な出来事となる。現在、日本で最も注目を集める歌舞伎俳優の1人である市川海老蔵を中心に、国内外で活躍する古典芸能の演者たちが集結した。同公演に出演する能楽師・大鼓方の人間国宝、亀井忠雄さんにインタビューを行った。(インタビュー日時:2016年2月5日)
能楽囃子・葛野流大鼓方
1941年生まれ。父・亀井俊雄(人間国宝)および川崎九淵、吉見嘉樹に師事。1949年、7歳の時「熊野」で初舞台。1964年日本大学芸術学部を卒業。1998年葛野流宗家預かりとなる。2002年重要無形文化財として各個認定(人間国宝)を受ける。2004年紫綬褒章を受章。2012年春の叙勲において旭日小綬章受章。同年、葛野流家元を継承。 2016年1月、長男・広忠に葛野流家元を継承させる。
時に演目を主導しながら舞台を支える それが大鼓方
―今回の公演は、能、狂言、歌舞伎の枠を超えたスペシャルな共演ですね。カーネギーという大舞台に立たれるお気持ちは?
カーネギーでできるということは、非常にありがたいです。これもみなさんのお力です。
―ニューヨーカーに注目してもらいたいところを教えてください。
それは、お能や歌舞伎を(実際に)観てくださればお分かりになると思います!
―今回はどのような演目なのでしょうか。
狂言の「三番三」は、いわゆる豊穣を願う踊りで華やかです。能の「土蜘蛛」は派手なストーリーです。立ち回りもいろいろとあって、曲も退屈しないと思います。歌舞伎は「春興鏡獅子」になります。
―土蜘蛛はほかの国でも披露されたことはありますか?
私はありませんが、別の役者さんによって、ほかの国でも多く上演されています。
―海外公演の思い出を聞かせてください。
50年以上前に全米を約2カ月かけて回ったことがあります。(日本文学者の)ドナルド・キーンさんが学生に古典芸能を見せたいということで、コロンビア大学やハーバード大学、ミシガン大学など、全米で35カ所、たくさんの大学を回りました。この時に、西海岸からテキサス州のダラス、ワシントンD.C.まで、いろいろなところに行きました。ケネディ大統領の暗殺があった翌年の1964年で、まだ1ドル360円の時代です。私にとってこれが初めての海外(公演)でした。そのあとにヨーロッパ公演などで世界中に行きました。
―あのキーンさんと50年も前にそのようなご縁があったのですね。それ以降もお会いしていますか?
この間50年ぶりくらいにキーンさんに再会しました。(共通の知人である)ギャリー弁護士の取り計らいでした。キーンさんは頭の良い方で、当時のことをしっかり覚えていらっしゃいました。当時、私はニューヨーク・フィル(ハーモニック)の指揮者、レナード・バーンスタインさんから「マーヴェラス(marvelous)」という言葉をいただいたのですが、その際にキーンさんから、「ワンダフル」を上回るほめ言葉だよと教えてもらいました。キーンさんは今回の公演は来られないので、残念ですが…
―最近在ニューヨークの日本人が話題にすることは、このカーネギー公演です。
大変ありがたいです。スタッフのおかげです。
―今回ご一緒する海老蔵さんは、亀井さんから見てどのような方ですか?
「心技体」と申しますが、私は「体技心」の順と常に考えております。まずは体感を鍛え技を磨き、その後は心…。今の海老蔵さんは丁度「技」の時期にいると思います。基礎とは「ひとつひとつの動き、セリフ」、その繰り返しです。そして次の時代まで読める人、舞台人としての行動。それらを含めて、素敵な方だと思っています。
―能楽の中で、大鼓方の役割とは?
大鼓方は、オーケストラでいうコンサートマスターのような役割をしているとよく言われているようです。そんなに大げさなものではないんだけれど、いないと舞台が成り立たないことは確かです。時に演目を主導しながら主役や舞台を支える。それが大鼓方ですかね。
―日本で大鼓方は何人くらいいるのでしょうか?
プロの大鼓の演奏家は40人に満たないくらいでしょうか。苦労の方が多い仕事ですから、やりたがる人は少ないかもしれません。
―今度のニューヨーク公演は、大きな挑戦となりますね。今後の伝統芸能に、どのような進化を期待していますか?
カーネギーホールで能、狂言、歌舞伎という異なる芸能を一度にお見せできるということは、本当にありがたいことではありますが、演者としてはどこでやっても同じでなくてはいけない。これまで自分が積んできた経験を全て持って、その舞台、その舞台に挑むということが大事ですね。そうすることで、すぐに上手くなるというわけではないけれど、その積み重ねが大切なのです。とはいえ、やはりカーネギーホールという伝統と格式のある華々しい場所で上演させていただくということで、(出演者は)みんな緊張してしまうかもしれないけれど、ここで力を発揮して、さらに羽ばたいてもらいたいと思います。
―ご自身もまだ演者でありながら、次の世代を育てる立場として思うところは?
良い環境で、良い演者たちに囲まれる。そうすると若い人はどんどん磨かれていくんですよね。良い演者たちの中には上手いだけではなく、厳しい人もいる。たぶん、私なんかは若い人たちにとっては厳しいほうの人間だと思うんだけれど、そういう(厳しい)姿も見せないと。ご挨拶ひとつにしても、スリッパの脱ぎ方ひとつにしても、彼らの手本となるようにとは心がけていますが、言葉にして指導するなんてことはしない。その子自身が気がついて、動けないと意味がないんです。
―今回の滞在期間中は、連日舞台で大忙しなのでは?
一日1回の舞台だからそれほどでもないですね。でも、日本からニューヨークに行くまでが遠いから。
―到着した翌日に本番と聞きました。28日のアジア・ソサエティは能と狂言に特化するということで、先生の得意分野ですね。
28日は、能と狂言について、分かりやすくご覧いただくためのプログラムです。私は少しお話をさせていただくということですが、お話は〝得意分野〟ではないですね(笑)。シテ方の谷本健吾さん、坂口貴信さんの2人がお客様にレクチャーをします。ご参加の方々も楽しんでいただけるプログラムだと聞いています。
―滞在期間にやりたいことはありますか?
前回ちょっと下見に来て、その時はメトロポリタン美術館に行ったりしたけれど、今回もそのくらいです。あんまり動くとくたびれちゃう。でも、ステーキは食べる予定です。
―最後に読者へのメッセージをお願いします。
日本の古典芸能の集まりにお越しいただいて、少しでも心に響いていただけたら幸いです。
================================================================================================================
亀井忠雄さんのニューヨーク公演スケジュールはこちら
Theater Japan / NOH and KYOGEN
【日時】2月28日(日)午後6時半~8時
【場所】Asia Society: 725 Park Ave(bet 70th & 71th St)
【料金】一般: 20ドル、会員: 15ドル、学生・シニア: 17ドル
【Web】www.asiasociety.org/new-york/events/theater-japan-noh-and-kyogen
【チケット購入】Asia Society ボックスオフィス: 212-517-2742
EBIZO ICHIKAWA XI GRAND JAPAN THEATER
演目: 狂言「三番三」、能「土蜘蛛」、歌舞伎「春興鏡獅子」
【日時】3月1日(火)午後8時~(午後7時半開場)
【場所】Carnegie Hall: 57th St. & Seventh Ave.
【料金】50ドル~
【Web】www.zen-a.co.jp/grand-japan-theater-ny
【チケット購入】Carnegie Hall ボックスオフィス: 212-247-7800